雇われ姫は、総長様の手によって甘やかされる。
水の音はまだしている。
途中で引き返してきたんだ。
「もう一度、大人しくさせてやるよ」
逃げ道は香坂の後ろにある階段のみ。
もうだめだ。そう思った瞬間、
「香坂ぁ!」
怒りに満ちた声と複数の足音が耳に入った。
そして、数秒もしないうちに香坂がその場でうずくまる。
怜央が香坂のみぞおちに蹴りを入れたからだ。
「……っ……てめぇ」
「瑠佳を傷つけてただで済むと思うなよ?」
怜央と真宙くん。それから、冬馬くんとトキくんが香坂を取り囲む。
「ふっ、やんのか」
もう勝敗は見えているというのに、香坂はまだやる気だ。
「あ?やんねぇーよ。あとは任せた」
怜央はそう言うと、香坂には目もくれず私の元へと走ってきた。
そして、力強く私を抱きしめる。
手を繋いだことはあるが、抱きしめられるのは初めてで思わず言葉を失う。
ただ怜央の「ごめんな、怖い思いさせて。瑠佳が無事で良かった」という言葉をきっかけに、目には涙が溜まり、それをこぼさないよう必死に下唇を噛み締めた。
香坂の前では強がっていたが、本当はずっと恐怖の中にいた。
怖くて、怖くて、たまらなくて。
でも、怜央なら絶対に助けてくれる。
そう思ったから私の気持ちは折れなかった。