偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました
もしかしたら思い出してもらえるかもしれない。
そう思ってプロポーズのときにカンパニュラのブーケを用意していたらしい。
そこまで聞かされて、そういえばそんなことがあったような気がする。
けれど恋が遠い記憶を手繰り寄せようとしたが、何かが邪魔をしてよく思い出せなかった。
どうして秀がそのことを恋に伝えられなかったかというと。
それは、その出来事がきっかけで、よく中庭の噴水の近くにあったベンチで秀と恋は一緒に過ごすようになって、一月もすれば兄妹のように仲良くなっていたらしい。
素直な恋と一緒に過ごすことが、父親のことを許せず家で孤立してしまっていた秀にとっては癒しになっていたのだという。
だが長くは続かなかったそうだ。
恋の母親の四十九日法要を終えたばかりの頃、長期入院でせん妄状態にあった患者が錯乱し、院長になったばかりの秀の父親に果物ナイフで切りつけるという事件が起こったらしいのだが。
運の悪いことに、それが院内で恋と一緒にいた秀に父親が声をかけたときだったことで、すぐ近くにいた秀が負傷する事態となり、目の当たりにしてしまった恋はショックの余りしばらくは口をきくこともできなくなったらしい。
おかげで秀はケガが完治してからも、PTSDと男性恐怖症で苦しんでいる恋とは会えなくなってしまい、それでも気になっていた秀は、恋のことを遠くで見守ってくれていたのだという。
挨拶に行った際、そのことを父に話すと、結婚を許す代わりに口止めされたらしい。
ーーあの、肩の傷はそのときのものだったんだ。
脳裏にあの傷が過った瞬間。ぼんやり靄がかかっていたものがどんどん晴れていく。