偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました

 白衣を着た男性と不機嫌そうな顔をした綺麗な顔立ちの少年と、傍らには幼い自分の姿がある。

 おそらく秀の父親と秀だろう。父親が恋に話しかけると秀は面白くなさそうだ。

 そこに男性が駆け寄ってきて、手には刃物のようなものを持っている。それを見た恋が秀の元に駆け寄った瞬間、その男に気づいた秀が恋に覆い被さる場面が映し出され、恋は両手で頭を抱え叫び声を放っていた。

「いやぁあああッ!」

 気づけば足元は崩れたように陥没していて、そのまま底なしの暗闇の中に落ちていく錯覚に囚われる。

 このままどこまでも落ちていくのだろうかと頭の片隅で思考していると、ぎゅうっと強い力で包み込まれた。

 遠い意識の片隅で秀が恋の名を必死に何度も呼んでいる声が聞こえてくる。

 その声が段々大きくなって、恋の意識を繋ぎとめる。その声に導かれるようにして目を見開いた先には、この世の終わりみたいな顔をして必死に恋の身体を揺すっている秀の姿があった。

「恋、ごめん。俺のせいで嫌な記憶思いださせて、本当にごめん」
「す、秀、苦しいよ。もう大丈夫だから」

 正気を取り戻した恋の様子に気づかず、泣きそうな声で謝り続ける秀に、恋が声をかけると、秀が驚いたようにガバッと顔を上げて恋の顔を覗き込んでくる。

「……ほ、本当に、大丈夫なのか?」

 まだ信じ切れないでいるようだ。

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