偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました
実際にそんな場面にお目にかかったこともないのだが。おそらく鳩が豆鉄砲でも喰らったときのように、瞠目し口をあんぐりと開けてしまっていたのかもしれない。
真向かいに座る秀が、一見冷たく見える美麗な相貌をふっと緩めて微苦笑を漏らした。
妙な緊張感に苛まれていた恋同様に、秀も緊張していたのだろうか。
唯一無二の親友に素性を明かしたのだ。どういう反応をされるのだろうかと不安だったのかもしれない。
週末限定の女装男子であるカレンのことを知っているのは、恋だけだと言ってもいたし。
それに、ふいに緩んだ相貌の柔らかさに、いつものカレンの表情が垣間見えた気がして。強ばっていた身体から余計な力が抜け、緊張感が薄れていく。
恋はたちまち安堵感を覚えた。
とはいえ、街の小さな花屋の娘という、庶民の代表格とも言えそうな、平々凡々を地で行くような自分と、上流階級のお坊ちゃんである秀とは、到底釣り合いがとれないと思うのだが。
いくら両親が格式張ったことは気にしない気さくな方々だとは言っても、結婚となれば、それ相応の相手を望むのではないのだろうか。
ーーいや、本人がゲイだと思い込んでたくらいだから、両親も薄々察していたということなのかな?
だから、この際、結婚して跡取りさえ設けてくれればそれでいい。そういうことなのだろうか。
ーーどっちにしても、お金持ちの考えることはわかんないや。
恋が考えあぐねているところに、秀の不機嫌そうな低い声音が割り込んでくる。
「どうした? 俺の素性を聞いて怖じ気づいたのか?」
ーー否、別に怖じ気づいた訳じゃない。驚いただけだ。
だが確かに、藤花総合病院という場所は、恋にとって職場だっただけでなく、ある意味特別な場所でもあった。