偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました
けれどもそれは、現在の病棟に建て替える以前、五年前までの話だ。
五年前、老朽化に伴い、大規模な建て替え工事が行われてからは、外観も何もかもがリニューアルされて、昔の面影はない。
唯一、昔の名残が残っていると言えば、周囲に植えられている桜の木々ぐらいだろうか。
だから恋が怖じ気づくような要素など微塵も残ってはいない。
幼い頃、交通事故に遭った母が搬送されて、父に連れられた恋が変わり果てた母と対面したのも同じ場所ではあったが、記憶は朧気だ。
それ以前もその後も、花屋を営んでいた父と一緒に配達等でもよく訪れていた記憶だって、微かにだが残っている。
そう、嫌な記憶ばかりではない。
だからこそ藤花総合病院に派遣として勤めることができたのだ。
そんな事情など知らない秀がどうしてそう思ったのかは不明だが、とにかく誤解を晴らさなければ話が先に進まない。
既に事故の件も解決してもらっているので、今更白紙にはできない。だったら念のために確認しておきたいというのもある。
「吃驚しただけだよ。それと、いくらお互いの利益ための結婚だって言っても。本当に、何の後ろ盾もない私なんかでいいのかなって思って」
そんな思いで放った恋の言葉に、微かに安堵したような表情を浮かべた秀は、思いの外熱のこもった熱い眼差しを向けてきた。
「この前も言ったが、俺にとって恋は特別な存在なんだ。恋以外に考えられない。恋は違うのか?」
まるで恋人にでも向けるような、熱のこもりように、恋は不覚にもドキンッとしてしまう。