偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました
治療と称したスキンシップにすっかり慣らされてしまった恋は、近頃ではそんな錯覚を覚えるまでになってしまっている。
そんなこともあり、恋は秀のことを冷たく突き放すことができないでいた。
挙げ句の果てには、秀の言葉にこの上ないほどの喜びを覚えて、このままこうしてくっついていたい。などと思ってしまっている。
ちょうどそこへ、秀の穏やかな低音ボイスが恋の鼓膜を擽ってくる。
「さっきの続きだが。青山は、俺にとって兄のような存在でもある。俺や家のためにと少々暴走気味なところもあるが、悪意はないから安心してほしい」
秀は優しくて気の利くところがあるから、青山のことでさり気なくフォローしようとしてくれてのことに違いない。けれど。
ーーなぜだろう。無性にイライラしてくる。
「うん、わかった。助けてくれた秀に恩返しするためにも。青山さんの言うことをちゃんと聞いて、秀の婚約者をしっかり演じられるように頑張るから、安心してよね」
ムッとした恋は嫌味の籠った言葉を口走っていた。数秒後。
「……恋にとって恩返しでしかないんだな」
ボソッと力なく零した秀の声は、
「さっ、いつまでもサボってないで、仕事仕事!」
勢いよく立ち上がった恋が気持ちを仕事へと切り替えるために放った、大きな声が掻き消したために、恋の耳に届くことはなかった。