燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 「うちの会は箏曲の魅力を少しでも多くの
方に知ってもらいたいという想いが根幹にあ
るので、お弟子さんの負担になるようなこと
はお願いしないんです。ですから子どもから
ご高齢の方まで、幅広い年齢の会員さんが所
属してるんですよ」

 「そうなんですね。箏の音色って他の楽器
に比べると控え目でやさしいので、少しでも
興味を持ってもらえるとわたしも嬉しいです」

 素直に思ったことを口にすると右京が朗笑
する。その笑みを見ながら、さて、どうやっ
てこの場を逃げ切ろうか、などと考えていた
古都里に、右京は単刀直入に訊いてきた。

 「簡単に会の説明をさせていただきました
が、どうですか?決して、無理を言うつもり
はりませんが、入会のご意思があるかどうか
だけ聞かせてもらえると嬉しいのですが」

 そう言って窺うように古都里の顔を覗き込
んだ右京に、古都里は口を引き結ぶ。適当な
ことを言ってはぐらかそうと思っていた自分
に、彼は熱心に箏の指導をしてくれた。なの
に「検討します」というひと言を言い置いて
この場を去ってしまうのは、あまりに不誠実
な気がする。

 古都里は居住まいを正すと、真っ直ぐに右
京の眼差しを受け止めた。

 「わたし、お箏が大好きです。今日久しぶ
りに弾いてみて、あらためてそう思いました。
だから本当は入会したいです。村雨先生にご
指導してもらいながら、愉しくお箏に触れた
い、そう思ってます。でも、姉のこととか、
お金のことを考えちゃうと、いますぐ決断す
ることが出来ないんです。なので……」

 何だか泣いてしまいたい気分だった。


――お箏が大好きです。


 思わず口を突いて出たその言葉は嘘偽りの
ない本心で、なのにこんな言葉を口にしなけ
ればならない自分がもどかしい。けれど、母
や姉の顔を思い浮かべると、どうしても一歩
前に踏み出すことが出来ない。古都里は唇を
噛みしめると、じわりと滲んでしまった涙を
見られてしまわないよう俯いた。

 「お気持ちはよくわかりました。心のまま
に決めることが出来ないご事情があるのです
ね。あなたのお気持ちを乱してしまったよう
で心苦しいですが、見学に来ていただけただ
けで嬉しかったですよ」

 穏やかな声に顔を上げると、慈しむような
やさしい眼差しが古都里を待っていた。その
眼差しにじんと胸が温かくなって、古都里は
ぎこちなく笑みを浮かべる。


――正直に気持ちを伝えて、良かった。


 古都里は薄く滲んでしまった涙を指で拭う
と、「こちらこそ、心の籠ったご指導をあり
がとうございました」と、慇懃に頭を下げた。
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