燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 やがて箏の音に酔い痴れていると、再び秋
の夜にしじまが訪れる。右京はゆっくりと目
を開けると、小さく頷いた。

 「大地の息吹を感じるような、壮麗な音色
じゃ。糸を弾く音のひとつひとつに、主の心
が感じられたぞ」

 右京が目を細めると、娘は頬を緩めながら
頭を垂れる。僅かな沈黙が流れ、右京が次の
言葉を探していると、娘は思いも寄らないこ
とを口にした。

 「物の怪さまにそう言っていただけると、
拙い箏の音を披露したわたくしの心も安らぎ
ます。もしよろしければ、物の怪さまも箏に
触れてはみませぬか?十三本の絃を爪先で弾
くだけで、軽やかな音色を楽しむことができ
ますゆえ」

 「儂がか?」

 その言葉に右京が自分を指差すと、「はい」
と頷いて娘が席を立つ。そうして、右京の手
を引き箏の前に座らせると、娘は自分の指か
ら外した箏爪を右京の手の平に載せた。

 「利き手の親指と人差し指、そして中指の
腹に添えるように爪を指に嵌めるので御座い
ます」

 言われるままに、右京は爪を手に取り指先
に嵌めてみる。けれど、娘よりも骨ばった右
京の指先に、箏爪は容易に嵌まってくれない。

 「爪が落ちてしまうの。儂にはちと大きさ
が合わんようじゃ」

 そう言って顔の前に手をかざすと、娘は何
を思ったのか、右京の人差し指を掴み、自分
の口元へ運んだ。そうして、小さく口を開け
たかと思うと、その指をぱくりと口に含んだ。

 瞬間、ぎょっとしたように右京は表情を止
める。指先に感じるのはぬるりとした娘の舌
の感触。その感覚にぞくりと甘い刺激が背筋
を撫でた時には、指先が外気に晒されていた。

 娘は右京の指先に箏爪を嵌めると、緩やか
に微笑んだ。

 「こうして少し湿らせると爪輪の皮が指に
馴染むので御座います。まだ少し窮屈ですが、
これで落ちてしまうことはないかと」

 まるで右京の指を舐めたことなどまったく
気にしていないという顔で言うので、右京は
目を瞬いてしまう。この娘は本当に、自分が
あやかし狐だとわかっているのだろうか?

 真意を測るように娘を見つめると、右京は
半ば呆れたように言った。

 「なかなか肝の据わった娘じゃな。お()
臆せず、儂の指を口に咥えた女ごは主が初め
てじゃ」

 その言葉に「あ」と声を漏らし、娘は頬を
染める。そうして恥らうように俯くと、消え
入りそうな声で言った。

 「申し訳御座いません。わたくしとしたこ
とが。ついうっかり、自分の指を舐めるのと
同じ心持ちで物の怪さまの指を……」

 言って両手で顔を覆ってしまった娘に、右
京は一拍の間を置いて、「ふっ、ははは!」
と笑い声を上げる。その様子を指の間から覗
き見ていた娘に、右京は喜色満面の笑みで言
った。
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