燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 「主の元に通う男はおらんのか?」

 その言葉に娘は目を見開き、そろりと腕の
中から右京を見上げた。見上げれば、熱に潤
んだ瞳が娘を捉えて離さない。息がかかりそ
うなほど近くに、右京の顔があった。

 「主に夫はいるのかと聞いている。誰か心
に想う男がいるかと、問うておるのじゃ」

 右京が言わんとしていることを測りかねて
いる娘にそう繰り返すと、娘は首を振った。

 「おりませぬ。不吉だと、気味が悪いと、
皆から恐れられているわたくしを恋い慕い、
通ってくださる殿方など、誰がおりましょ
うか……」

 言って娘が自嘲の笑みを浮かべると、右京
は目を細め、そっと娘の顎に手を掛けた。

 「ならば、儂の妻となれ。人の世では三日、
女ごの元へ通うと婚姻が成立するのであろう。
今日がその三日目じゃ」

 その言葉に息を飲んだ娘の唇を、右京は親
指でなぞる。唇を染めていた紅が指に移り、
右京はその指をぺろりと舐める。凄艶な仕草
に娘の頬は瞬く間に朱に染まり、恥らうよう
に目を逸らした。

 「……ですが」

 「儂が嫌いか?」

 「いいえ」

 「では儂が好きか?」

 「……」

 答えに窮した娘が、覗くように右京を見つ
める。その眼差しを捉えた右京は、勝ち誇っ
たような笑みを、すぅ、と浮かべた。

 「儂は好いておるぞ。この世の誰よりも、
主を愛したいと思うほどにな」

 そう告げた右京はあまりにも秀麗で、娘は
一瞬で心を奪われてしまう。けれど、何かを
答えようと唇を薄く開くと、娘は苦し気に息
を吐き出した。

 「物の怪さまのお気持ちは、嬉しゅう御座
います。なれど、わたくしがこの屋敷から姿
(くら)ませば、きっと父上は我が子を殺めたと、
あらぬ疑いをかけられてしまう。例え人から
蔑まれていても、わたくしは人の子なのです。
物の怪さまをお慕いしていても、妻になるこ
とは叶いませぬ」

 想いを吐き出すと、娘はそっと右京の胸に
顔を埋めた。まるで、これが最初で最後の抱
擁とばかりに右京の狩衣を握り締める。右京
は灯火に照らされた娘の髪を慈しむように撫
でると、すぅ、と強い眼差しを遠くに向けた。

 「要するに、父親に嫌疑がかからなければ
良いのだな?簡単なことじゃ。主が物の怪に
連れ去られたのだという証拠を残してやれば
良い」

 右京の言葉に娘がゆるりと顔を上げる。
 娘の髪を指先で梳くと、右京は悪戯っ子の
ような笑みを浮かべた。
 「宮中の権力争いに巻き込まれ死人(しびと)が出れ
ば、やれ鬼が殺めた、あやかしが現れた、と
我らに罪を擦り付けるのが人の世の常じゃ。
ならば、その業を利用してやれば良い。あや
かし狐が主を攫って逃げた。その証拠をしか
とこの場に残してやろう」
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