燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 その音にはっとして二人は顔を見合わせる。
 そろりと仏壇に目をやれば、倒れたのは花
束を抱え、朗らかに笑う姉の写真。

 銀箔で装飾されたアクリルクリアフレーム
のそれは、本体を挟むようにしっかりとした
スタンドが支えていて、簡単に倒れるような
ものではなかった。

 「……お姉ちゃん?」

 ごくりと唾を呑んで言うと、母は慌てて掌
で頬を拭った。そうして、思い出したように
広げていた着物を桐の箱に仕舞い始める。

 その顔には、笑みさえ浮かんでいる。

 「妃羽里の前でこんな話するなんて、お母
さんどうかしてるわね。荷物はこれで全部だ
から、夕食をいただきましょう。せっかく古
都里の好きなロールキャベツ作ったんだから、
たくさん食べていきなさい」

 「うん」

 手際よく、母が荷物を纏めてゆく。
 古都里はその母を横目で見ながら、倒れて
しまった姉の写真を元に戻した。母と写る姉
は笑んでいる筈なのに、泣き出しそうに見え
てしまうのは気のせいだろうか?

 古都里はずしりと重くなってしまった胸を
抱えたまま、母と共にリビングへ向かった。






 「本当に一人で大丈夫なの?」

 スニーカーを履き、振り返った古都里に母
は眉を顰める。畳半畳ほどありそうな大きな
白い紙袋に着物、A四サイズの紙袋には草履。

 その他にキャンバスバッグを肩に提げた姿
は、まるで荷物が歩いているように見える。

 古都里は「大丈夫」と、笑って見せると、
おもむろにバッグから黄緑色の紙を取り出し
た。それを、玄関先に立つ母に渡す。ずっと
渡すタイミングを計れないままバッグに顰め
ていたそれは、少し皺になっている。

 母はプログラムとチケットに目を落とすと、
僅かに目を見開いた。

 「あのね、無理にとは言わないんだけど。
出来れば来て欲しいなと思って演奏会のチケ
ット持ってきたの。お弟子さんの家族は二人
まで入場無料なんだって。だから、もし暇だ
ったら来てね」

 出来る限り自然にそう言うと、母はプログ
ラムを開き、目を細める。古都里の名を見つ
けたのだろう。古都里はどきどきしながら母
の返事を待った。

 「必ず観に行くわ。もしかしたらお父さん
はゴルフの接待が入ってるかも知れないけど」

 その言葉に、古都里は破願する。
 必ず観に行くなどと、言ってもらえるとは
思ってもみなかった。

 「ありがとう。お母さんだけでも来てくれ
たら、凄く嬉しい」

 素直に思ったままを口にすると、母は手を
伸ばし古都里の頬に触れた。


――その手は、指先がひやりとしている。


 「せっかく、こんな風に笑えるようになっ
たのに。さっきは泣かせてしまってごめんね。
演奏会、楽しみにしてるから頑張って」

 最後の方は絞り出すような低い声で、古都
里は向けられる眼差しに胸が苦しくなる。

 「わたしこそ、ごめんなさい」

 そう言いたいのに、そうは言えずに古都里
は言葉を呑み込むと、ただ笑みを深めて見せ
たのだった。
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