燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 玄関を出て空を見上げると、深い闇が街を
包み込んでいた。古都里は夜風に肩を竦める
と、大きな紙袋を抱えながら歩き始めた。


――そうして、母の顔を思い出す。


 全部わたしが悪いと、自分を責めていた母。
 その思いは母であるがゆえに誰よりも強く、
また深いのかも知れない。姉が母を恨んでい
ると思い込んでいるのも、自責の念が強過ぎ
るからなのだろう。それなのに、そんな母を
思いやるどころか、自分は責めてしまった。

 「お母さんが悪いわけじゃない」

 そう、言ってあげられなかった。

 「どうしよう。わたし、最低だ」

 古都里は自己嫌悪に項垂れると、深い深い
ため息を吐いた。


――その時だった。


 不意に、じゃり、と音がしたかと思うと古
都里の視界に見覚えのある草履が映り込んだ。

 不思議に思って目を見開くと、今度はよく
知った声が耳に飛び込んでくる。

 「古都里さん」

 その声に、弾かれたように顔を上げれば、
いつもの着流しに薄墨色のストールを首に巻
き付けた右京が立っている。古都里はその姿
を認めると、しぱしぱと目を瞬いた。

 「先生?どうして……」

 声をひっくり返してそう呼んだ古都里に目
を細め、右京は首に巻いていたストールを
しゅるりと外す。そうして古都里に歩み寄る
と、それを古都里の首に巻き付けた。

 「そろそろ帰って来る頃だと思って迎えに
来たんだけど、間に合って良かった。荷物、
重いでしょう?貸してごらん」

 言いながら、右京は古都里が肩から提げて
いる大きな紙袋に手を伸ばす。ふ、と肩が軽
くなるのと同時に、右京の香りと温もりが首
に巻き付いていることを意識し、古都里は頬
を紅潮させた。申し訳ないと思うのにどうし
ようもなく嬉しくて、どきどきして、視線を
落ち着かなくさせる。ひょい、と紙袋を肩に
提げ、行こうか、と歩き始めた右京の隣に、
古都里は慌てて並んだ。

 「あの、すみません。わざわざ迎えに来て
もらっちゃって。それ、重いですよね?自分
で持ちますから」

 住宅街を出て、白壁通りを歩き始めた右京
の顔を覗き見る。すると、右京は前を向いた
ままで口をへの字にした。

 「何言ってるんだか。荷物が重いと思った
から迎えに来たのに、それじゃ意味がないで
しょう。それより夕食は食べたのかな?お母
さんとは、ゆっくり話せた?」

 最後のひと言に、ツキンと胸が痛んで古都
里は「まあ」と、萎れた声を漏らす。あまり
にわかりやすい消沈振りに右京は眉を顰めた。

 「何かあったの?元気がないようだけど」

 顔を覗き込む右京の視線と、古都里の視線
が絡み合う。古都里は気遣うようなやさしい
眼差しに小さく頷くと、胸の中で渦を巻いて
いた言葉たちを吐き出した。
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