燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 「わたし、お母さんを泣かせちゃったんで
す。ずっと言っちゃいけない、訊いちゃいけ
ないと思って胸に留めてたのに、久しぶりに
お母さんの顔見たら、何か、気持ちが緩んじ
ゃって。全部、ぶちまけちゃいました」

 「………」

 俯きながら、訥々とそう話した古都里に、
右京は黙って頷く。二人の間を流れる沈黙が、
全部吐き出して構わないと言ってくれている
ように思えて、古都里は言葉を続ける。

 「あの時、わたしのことを信じてくれれば、
一緒にお姉ちゃんを止めてくれればってお母
さんを責めたんですけど、本当は違うんです。
お姉ちゃんの後ろに黒い死神が見えて、行か
せちゃダメだって思ったのに、もし、それが
わたしの勘違いで何も起こらなかったら一生
お姉ちゃんに恨まれちゃう。そう思ったら恐
くて、本気で止められなかったんです。だか
ら本当はわたしが悪いのに、自分を責めるお
母さんに罪を擦り付けてしまって……」

 そこまで言うと、古都里は足を止めた。

 いつの間にか温かな滴が頬を伝っていたけ
れど、振り返った右京を見つめた視界は歪ん
でいたけれど。胸が苦し過ぎて止まらない。

 「もしかしたらわたし、心のどこかでお姉
ちゃんがいなくなれば、って思ってたのかも。
いつもお母さんに褒められて、期待されて、
何でも一番で。そんなお姉ちゃんが羨ましい
って思ってたから、だから……」


――お姉ちゃんは、わたしのせいで死んだ。


 その言葉を口にしようとした瞬間、古都里
は右京に抱き竦められてしまった。唇に着物
の滑らかな感触が伝わって、古都里は右京の
腕の中にいるのだと理解する。

 「……先生???」

 突然のことに頭が真っ白になりながら声を
漏らすと、応えるように自分を抱きしめる腕
に力が込められる。古都里は、急激に騒ぎ始
めた心臓が口から飛び出してしまうのではと
怯えながら、右京の声を待った。

 やがて、低い声が鼓膜を震わせる。
 初めて聴くその声に、全身の肌が粟立つ。

 「それ以上馬鹿なことを言ったら、怒るよ」

 誰もいない歩道の真ん中で抱き締められた
まま、古都里は体を硬くした。けれどその声
とはうらはらに、温かな掌がやさしく肩を擦
ってくれるので、古都里は小さく息を漏らす。

 「お姉さんが亡くなったのは、誰のせいで
もない。なのに、自分が悪いと責め続けてし
まうのは、そうすることで心の正常を保てる
からなんだ。だけどそれじゃ、遺した者も、
遺された者も、誰も救われない。いつまで経
っても、苦しみから解放されることはない」

 そう言うと、右京はゆっくりと古都里の体
を離す。二人の間をひやりとした風が抜けて、
古都里は目の前の瞳を見上げた。

 その目に揺らぐのは怒りではなく慈しみで、
古都里は瞬間、安堵する。右京は両掌で古都
里の涙を拭うと、いつもの声で言った。
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