燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
第五章:人と妖と
 「……おっ、大っきい」


――迎えた合同練習初日。


 インターホンが鳴って玄関に駆けてゆくと、
ガラリと開いた格子戸の前に立つ山のような
大男を見上げ、古都里は思わずそう漏らした。

 ぬうっ、と玄関をくぐるように入って来た
その男は、赤みがかった癖のある髪を後ろで
一本に結び、紺青の作務衣を身に纏っている。

 そして、がっしりとした大きな手で軽々と
と担いでいるのは、その背丈より少し大きな
十七絃の箏。


――雷光だ。


 古都里はいつか右京に聞かされた雷光の話
を思い出しながら、目の前に立つ温羅に挨拶
をした。

 「あの、雷光さんですよね?お話は兼ね兼
ね伺ってます。わたし、ここで働きながらお
箏のお稽古をさせていただいてる笹貫古都里
と申します。今日のお手合わせ、どうぞ宜し
くお願いします」

 両手を膝の前で重ね合わせ、慇懃に挨拶を
する。と、雷光は箏を、どっか、と玄関の端
に立て掛けたかと思うと、分厚い手を古都里
に差し出した。握手だろうか。恐る恐る古都
里が手を伸ばすと雷光はがっちりと手を握っ
て、ぶんぶんと大きく振る。その所作はあま
りに豪快で、古都里は危うく玄関の三和土(たたき)
落っこちてしまいそうになった。

 「古都里ちゃんだよな。俺も飛炎から話は
聞いてるぜ。確か『八千代獅子』を一緒に弾
くんだったよな。お互い息を合わせて愉しく
やってこうな!」

 「は、はいっ」


――ぶん、ぶん、ぶん。


 言いながら振り続ける手は温かく、けれど、
いいかげんその力加減に肘が痛くなってくる。

 そろそろ放してくれないかなぁ、と密かに
思っていると、雷光の後ろから飛炎が顔を覗
かせた。

 「ほら、いつまで握ってるんですか。古都
里さんが困ってますよ」

 飛炎に脇腹を突かれ、雷光は「おっと、す
まん」と笑いながらガシガシ頭を掻きむしる。

 その様は、伝説に聞いていた恐ろしい温羅
の姿とは大違いで。古都里は人の良さそうな
鬼の雷光に思わず破願した。

 すると雷光が思い出したように、ぬっ、と
唐草模様の東袋を差し出してくる。差し出さ
れるままに両手でそれを受け取ると、古都里
は雷光を見上げた。

 「あの、これ?」

 「ああ、土産に焼いてきたみたらし団子だ。
俺は美観地区でみたらし団子焼いて売ってん
だけどよ、自分で言うのも何だが俺のみたら
し団子は日本一うめぇんだわ。弟子の人数も
考えて五十本焼いてきたから、まぁ、温かい
うちに食ってくれや」

 「ごっ、五十本もですか!?」

 『みはし堂』という店で団子を焼いている
とは聞いていたが。ずっしりと重い東袋に目
をやり、古都里は目を瞬く。

 東袋を持ち上げ顔を近づければ、ほんのり
と甘辛醤油の香りが漂ってくる。

 「うわぁ、凄い。いい匂い」

 「だろぉ?」

 甘い香りで肺を満たし、雷光と笑みを交わ
していると、不意に廊下の奥から鋭い声が飛
んできた。
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