燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 「ああ。きっと木の枝で擦れてしまったん
だろうね」

 手の中の小物入れを見つめ、右京が緩やか
に口を引き結ぶ。真新しい小物入れの一部が
解れ、糸が毛羽立ってしまっている。そのこ
とに内心落胆しながらも、古都里はそれを胸
に抱き締めた。

 「大切なのは箏爪だし、小物入れの傷くら
いなんてことないです。先生も狐月くんも、
見つけてくださって、本当にありがとうござ
いました。でも……どうしてポケットに入れ
ていたものが木の上にワープしてしまったん
でしょう?不思議ですねぇ」

 明らかに、どこかに落としてしまったとい
う次元を超えている奇妙な現象に、古都里は
純粋に首を捻る。すると右京と狐月は視線を
交わし、何とも言えない複雑な顔をした。

 「元々狐はイヌ科に属しているにも関わら
ず、猫に似た習性を持っているからね。暗視
能力も高いし、優秀な『クライマー』でもあ
るんだ。だから隠すなら高い木の上か、屋根
軒樋(のきどい)辺りかなと思っていたのだけど」

 「狐???隠すって……まさか」

 右京の言葉に古都里はある人物の顔を思い
浮かべ、眉を顰める。右京でも狐月でもなく、
この家の中で高い木に難なく登れる『狐』は
延珠しかいない。


――どうしてこんなことを?


 理由を考えてみても、答えは見つからなか
った。一つだけ言えることは、自分に対する
延珠の塩対応は反抗期という理由だけではな
いということだ。

 何故かはわからないけれど、自分は延珠に
嫌われてしまっている。そう思えば、悲しく
ないわけがなかった。

 「わたし、延珠ちゃんに嫌われちゃったん
ですね。何でだろう?お姉ちゃんみたいに慕
ってくれたらと思ってるのに……悔しいです」

 あはは、と自嘲の笑みを零すと狐月が勢い
よく頭を下げる。古都里はその所作に思わず、
ぎょっ、としてしまった。

 「姉上が酷いことをしてしまって、本当に
申し訳ありませんでした!」

 「待って、待って、なんで狐月くんが謝る
の?狐月くんは何にも悪くないし、延珠ちゃ
んだって悪くない。情けないのは好きになっ
てもらえない、わたしなんだから」

 あわあわしながら首を振りまくると、その
動きを止めるかのように右京の手が古都里の
頭に載せられる。二人の間に立つ右京を見上
げれば、狐月の頭にも右京の手が載せられて
いた。自分を見上げる二人に右京はやんわり
と目を細める。

 「まだ延珠がやったと決まったわけではな
いのだし、箏爪は無事に見つかったのだし。
この件は僕に預からせてくれるかな?そろそ
ろお弟子さんが来る頃だから箏の準備をしな
いとね。二人とも、家に入ろうか」

 言って手を引っ込めると、右京は着物の袖
に両手を突っ込んでくるりと踵を返す。

 「先生。犯人は誰なのか、延珠ちゃんを問
い詰めたりしないですよね?」

 不安になって去ってゆこうとする背に問う
と、彼は振り返って白い歯を見せた。

 「『疑わしきは罰せず』、と云うでしょう?
そんなことしないから、大丈夫だよ」

 その言葉に古都里は、ほぅ、と息をつく。
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