燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
「こっちこそ、宜しくな。なぁに、多少弾
き間違えたくらいじゃ客にはわかんねぇから、
心配すんな」
「は、はぁ」
傍にいた雷光の分厚い手がバンと背を叩く
ので、古都里はふらりとよろけてしまう。
そのやり取りに肩を竦め苦言を呈したのは、
今日も頭の天辺から足のつま先まで黒ずくめ
の飛炎だった。
「水を差すようですが。豪快に音を外して
『しまった』と顔でバラすのは雷光でしょう。
十七絃はただでさえ音が太いのだから、本番
は間違えないように気を引き締めてください」
「おや、そうだったっけか?」
じっとりとした目を飛炎に向けられ、雷光
は惚け顔でガシガシと頭を掻きむしる。
古都里もつられてくすくすと笑っていると、
不意に右京が話の矛先を変えた。
「それはそうと、雷光。本当にこのままで
いいのかい?彼女は今日、岡山を発つという
のに見送りにも行かないで」
『彼女』というのはもちろん、清水かほる
のことだ。古都里は、ちら、と飛炎と視線を
交わすと、窺うように雷光を見上げた。
雷光はピタリと表情を止め、目を伏せる。
その顔はいつになく真剣で、古都里は雷光
から目が離せない。
「いいんだ。見送りに行ったところで彼女
に何か言ってやれるわけじゃねぇしな。どう
足掻いたって、人と妖は同じ時間を生きられ
ねぇんだ。恋仲になったって、いつか必ず彼
女を辛い目に合わせるに決まってる。だった
ら、『やさしい雷光さん』のまま思い出に残
った方が彼女のためだと俺は思ってっからよ」
どことなく、後ろ暗そうな眼差しを右京に
向け、雷光は口を引き結ぶ。その雷光に右京
は微苦笑を浮かべながら小首を傾げた。
「それが雷光の本心なら僕は一向に構わな
いのだけどね。けど、失くす痛みを引き受け
る勇気がなくて身を引くというなら、温羅で
ある前に『男』としてちょっと不甲斐ないと
思うな」
「なんだとぉ?」
右京が挑発的な目をすると、たちまち雷光
は眉間に深い皺を刻む。その場の空気にピリ
と緊張が走り、古都里は手に汗を握る。
「本当はあっという間に老いて、この世を
去ってゆく彼女を見送るのが恐いんだろう?
だから『彼女のため』だとか言い訳を並べて
お前はここに留まってる。だけど、失いなが
ら生きてゆくのは人も妖も同じなんだ。彼女
だって大切な人を失くしながら生きてる。い
まだって母親の余命を知りながら、後悔しな
いために傍に駆け付けているんだろう?なの
にお前は、愛する彼女を支えることもせずに
勝手に別れを決めている。そんな仲間の不甲
斐ない姿を見せられて、僕が黙っていられる
と思うかい?」
的を射た右京の発言に、雷光はぐうの音も
出ない。それもそのはずだろう。人を愛し、
その人を失う悲しみを誰よりも知っているの
は、外ならぬ右京なのだ。妖にとって一瞬の
瞬きでしかない人の命に寄り添い、そうして
彼はいまも亡き妻を愛し続けている。
き間違えたくらいじゃ客にはわかんねぇから、
心配すんな」
「は、はぁ」
傍にいた雷光の分厚い手がバンと背を叩く
ので、古都里はふらりとよろけてしまう。
そのやり取りに肩を竦め苦言を呈したのは、
今日も頭の天辺から足のつま先まで黒ずくめ
の飛炎だった。
「水を差すようですが。豪快に音を外して
『しまった』と顔でバラすのは雷光でしょう。
十七絃はただでさえ音が太いのだから、本番
は間違えないように気を引き締めてください」
「おや、そうだったっけか?」
じっとりとした目を飛炎に向けられ、雷光
は惚け顔でガシガシと頭を掻きむしる。
古都里もつられてくすくすと笑っていると、
不意に右京が話の矛先を変えた。
「それはそうと、雷光。本当にこのままで
いいのかい?彼女は今日、岡山を発つという
のに見送りにも行かないで」
『彼女』というのはもちろん、清水かほる
のことだ。古都里は、ちら、と飛炎と視線を
交わすと、窺うように雷光を見上げた。
雷光はピタリと表情を止め、目を伏せる。
その顔はいつになく真剣で、古都里は雷光
から目が離せない。
「いいんだ。見送りに行ったところで彼女
に何か言ってやれるわけじゃねぇしな。どう
足掻いたって、人と妖は同じ時間を生きられ
ねぇんだ。恋仲になったって、いつか必ず彼
女を辛い目に合わせるに決まってる。だった
ら、『やさしい雷光さん』のまま思い出に残
った方が彼女のためだと俺は思ってっからよ」
どことなく、後ろ暗そうな眼差しを右京に
向け、雷光は口を引き結ぶ。その雷光に右京
は微苦笑を浮かべながら小首を傾げた。
「それが雷光の本心なら僕は一向に構わな
いのだけどね。けど、失くす痛みを引き受け
る勇気がなくて身を引くというなら、温羅で
ある前に『男』としてちょっと不甲斐ないと
思うな」
「なんだとぉ?」
右京が挑発的な目をすると、たちまち雷光
は眉間に深い皺を刻む。その場の空気にピリ
と緊張が走り、古都里は手に汗を握る。
「本当はあっという間に老いて、この世を
去ってゆく彼女を見送るのが恐いんだろう?
だから『彼女のため』だとか言い訳を並べて
お前はここに留まってる。だけど、失いなが
ら生きてゆくのは人も妖も同じなんだ。彼女
だって大切な人を失くしながら生きてる。い
まだって母親の余命を知りながら、後悔しな
いために傍に駆け付けているんだろう?なの
にお前は、愛する彼女を支えることもせずに
勝手に別れを決めている。そんな仲間の不甲
斐ない姿を見せられて、僕が黙っていられる
と思うかい?」
的を射た右京の発言に、雷光はぐうの音も
出ない。それもそのはずだろう。人を愛し、
その人を失う悲しみを誰よりも知っているの
は、外ならぬ右京なのだ。妖にとって一瞬の
瞬きでしかない人の命に寄り添い、そうして
彼はいまも亡き妻を愛し続けている。