【電子書籍化】独身貴族になりたいんです!〜毒姉回避のために偽装婚約を結んだ人形令嬢は、エリート騎士に溺愛される〜
 その後、なんとか同行を続けさせてもらい、二人はエルミラの執務室まで辿り着いた。


「送っていただいてありがとうございました、ブラントさま」


 ラルカはそう言って、満面の笑みを浮かべる。この笑顔が近くで見られるだけでも役得というものだろう。ブラントはうっとりと目を細める。


「いえいえ。こちらこそ、楽しくて幸福なひと時でした。けれど、残念なことに、今夜は遅くなってしまいそうなんです。夕食は僕を待たず、先にとってください。使用人たちには事前にそのように伝えていますから」

「そうですか……やはりお忙しいのですね。そのような中、わたくしのためにたくさん時間を割いていただいて申し訳――――いえ、ありがとうございます」


 うっかりと謝罪をしかけて、ラルカは途中で思い留まる。
 二人の間に存在するのは『感謝の気持ち』のみという約束を思い出したのだろう。律儀に約束を守ろうとするその様に、ブラントはくすりと笑みを漏らす。


「いいえ。忙しいわけではなく、アミル殿下のわがままに付き合わされているというだけですから」

「ええ? 本当に?」


 冗談を返せば、ラルカはクスクスと笑ってくれた。聡い彼女は、これ以上は詳細を追及せず、納得してくれるだろう。ブラントは密かに胸をなでおろす。


「朝食は是非、一緒にとりましょう」

「はい。楽しみにしてますわ」


 ラルカが微笑む。
 ブラントの見送る中、彼女はエルミラの執務室へと入っていった。


 ふぅ、とブラントが息を吐く。

 夢じゃなかろうか――――そんなことを思いつつ、ブラントは己の頬をそっとつねる。ほのかな痛みが走り、彼は破顔した。


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