【電子書籍化】独身貴族になりたいんです!〜毒姉回避のために偽装婚約を結んだ人形令嬢は、エリート騎士に溺愛される〜
 ブラントが用意してくれたボックス席で、二人並んで観劇をする。

 事前評判の通り、劇はとても楽しかった。
 内容も去ることながら、俳優たちの熱意と愛情に溢れ、見ているものの心を大いに震わせる。

 泣いたり、笑ったり。
 一緒になって怒ったり。
 登場人物たちに感情移入をし、自分だけでは経験できない束の間の非日常を楽しむ。
 まるで別人になれたかのような感覚が新鮮で、ラルカはとても嬉しかった。


 ふと隣を見れば、ブラントが何気ない様子を装って、微かに鼻を啜っている。
 彼は感受性が豊からしく、芝居が琴線に触れたらしい。
 ラルカの観劇の邪魔をしないよう、静かに瞳を震わせる彼は意地らしく、何やら可愛く思えてしまう。
 こんな風に、これまで知らなかったブラントの一面に触れられたことも、ラルカはとても嬉しかった。


「ブラントさま。これ、使ってください。後でお渡ししようと思っていましたの」


 折よく休憩時間を迎えたため、ラルカはそう囁きかける。
 彼に手渡したのは、今日のために用意した刺繍入りのハンカチだ。

 いくらこのお出かけがブラントの望みだとしても、貰いっぱなしでは申し訳ない――――ブラントの瞳の色に近い深い青色のシルク地に銀糸を用い、感謝の想いを込めて丁寧に刺した。
 自分の手が加わったことで『重い』と感じさせてはいけないと、できる限りスタイリッシュに、既製品にも見えるよう仕上げたのだが――――。


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