ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

　至は「ふむ」と顎に手を当てる。

「記憶喪失かな？」

　驚いたり慌てたりしなかったのは、このゲームにおいて何が起きても今さら意外性などない、という気持ちからか。あるいは至のもとからの性質からか。

「じゃ、とりあえず俺の自己紹介からね。俺は八雲至、月ノ池の三年で睡眠魔法の魔術師。あ、魔法とか魔術師っていうのは────」

　ゲームの概要に関して説明しておく。

　すべての記憶を失っているお陰か、逆にスムーズに済んだ。

　それから彼女のスマホを借り、その身元を割り出す。

「君は水無瀬小春ちゃんっていうみたい。お、蓮くんとやらから大量に愛のメッセージが」

　茶化すように笑ったが、小春の表情は晴れない。

　当然だ。何も覚えていないなど、耐え難い不安だろう。

　至は彼女にスマホを返すと、一層優しい笑顔を浮かべた。

「……ね、よかったら俺の拠点おいで。記憶が戻るまで俺が守ってあげる」

　────その言葉に甘え、小春は至のもとで世話になる運びとなった。どの道、帰る場所などないのだ。



　暗い山道を照らしながら進むと、ぽつんと佇む廃屋があった。

　至に促され、中に入る。

　古びれているものの、最低限の家具や物資は揃っている。

　ソファーに腰を下ろしたとき、小春は思わず肩を押さえる。鈍い痛みが疼いた。

　カーディガンの上から触れたのに、掌に血がつく。

「大丈夫？」

「あ、うん。平気」

　咄嗟に赤く染まった手を隠す。

　人懐こい彼の態度のお陰で、小春の不安や緊張はだいぶ解けていた。

　弱々しく笑ったものの、痛みは引くどころか増している。

　時間が経てば楽になるだろうか。

　これ以上迷惑はかけられない、と思い、堪えることにした。

　至に向き直る。

「あの……ありがとう、至くん。助けてくれて」

「ん？　いーのいーの。ただの気まぐれだし」

　至は笑いつつ、コンビニで買っておいた菓子パンの袋を開けた。夜食だ。

「君も食べる？」

　メロンパンを取り出して差し出すが、小春に受け取る気配はなかった。

　彼女は視線を落としたまま黙り込んでいる。

「どうかした？」

　小春の頭の中には、公園での光景がこびり付いていた。

　頭部の潰れる異様な音や、残酷な血の色が、鮮明にくっきりと────。

「……あんなことは、もうしないで欲しい……」

　“あんなこと”が何を指すのか、考えるように首を傾げる。

　すぐに思い至った。浅はかなあの魔術師を殺害したことだ。

「どうして？」

　特別、至の倫理観が欠如しているわけでも、猟奇性を兼ね備えているわけでもないはずだ。

　このゲームのプレイヤーとしては正しい選択をした。あの行動が間違っていたとは思えない。

　ややあって、咎める割には自信のなさそうな表情で、小春は返す。

「私にもよく分かんないんだけど、そう強く思うの」