ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
自分が“殺し”を忌避するのは、単に道徳観や正義感だけではない理由があるような気がする。
明確には思い出せないが。
────曖昧な理由ではあったものの、至は頷いた。
「なるほどー、そういう縛りも悪くないよね」
「え? そういうことじゃ……」
「俺的にはそう解釈した方が楽しいからいいんだよ」
小春は戸惑うも、至はそう言って笑った。
自分でも勝手なことを言っている自覚があったが、不明瞭な理由にも関わらず、受け入れてくれた彼を見つめる。
この混沌とした状況が織り成す奇妙な世界で、記憶を失った後に初めて得た優しさだ。
出会ったのが彼でよかった。
「……ありがとう」
助けてくれて。親身になってくれて。話を聞いてくれて。
小春の謝意を、至は変わらず「いーってば」と優しく流した。
彼女を助けたのは完全に気まぐれだ。
だが、しばらくはこの好奇心に身を委ねてみるのも悪くないような気になっていた。
────夜が明ける。
夢とうつつの狭間で、苦しげな呼吸を聞いた。至は目を開け、身体を起こす。
ソファーで横になっている小春が、浅い呼吸を繰り返し、汗ばんでいるのを見た。
悪い夢でも見ているのだろうか。
そんなことを考えながら歩み寄って屈む。
「ん?」
不意に思い出す。彼女は怪我をしていた。
ちょっとごめんね、と断ってから、制服の上に羽織っていたカーディガンを捲る。
肩を中心に血が染みていた。
色が鮮やかに赤いところを見ると、出血はまだ止まっていないようだ。
「何で無理すんの……。痛いなら痛いって言ってよー」
至は眉を下げつつ、小春の頬や額に張り付いた髪を払う。
指先が触れて気が付いた。かなり熱い。
怪我のせいか、精神的な疲労のせいか、あるいはその両方か、彼女は発熱していた。
至はスマホで時刻を確認する。午前八時過ぎだ。まだ薬局は開いていない。
「もうちょっとだけ我慢してね、小春ちゃん 」
意識があるのかどうか分からないが、励ますようにそう声を掛けた。
そのとき、不意に廃屋の出入口である木製の扉が叩かれた。
「あの、すみません」
聞き慣れない女子の声に、警戒心が湧き上がる。
「こちらに怪我人がいらっしゃいますよね? よかったら私、治します……!」
何故、分かったのだろう。などという野暮な疑問はすぐさま霧消する。
手当てする、ではなく、治す、と言った時点で想像がつく。
彼女も魔術師なのだ。
「君は?」
至は普段と変わらぬ声色で尋ねる。
「あ、三葉日菜と申します。実は私、不思議な力を持っていて、瞬時に怪我を治せるのです。信じられないかもしれませんが……」
口振り的に、こちらが魔術師であることは知らないようだ。
至は立ち上がり、扉を開ける。
「いや、信じるよ。俺たちも魔術師だから。……彼女のこと、お願いしていいかな」
小春に視線をやりつつ言った。
それを認めた日菜は、至の言葉に驚きながらもすぐに理解し頷く。
苦しむ小春に手を翳し、その傷を治癒させた。
「おー、凄いね。いかにも魔法って感じ」
「でも……すみません。熱や病気は治せないんです」
「充分だよ、ありがとう。あとは俺が看とく」
「分かりました。心配ですし、私も放課後にまた来ますね」
登校途中だという日菜を見送り、薬局へ赴いたり小春の看病をしたりしているうちに、いつの間にか時刻は四時手前となった。
「…………」
太陽が傾き、暖色の柔らかい光が漂う。
烏の鳴き声を耳に、ふっ、と小春は目を開けた。