ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
「あーあ、相変わらずのお花畑やな」
アリスは小春を嘲笑いつつ、本来のサイズへと戻ると手を振った。
「じゃあな」
アリスが背を向けた瞬間、紅は指を鳴らし時を止めた。
持ち合わせていた結束バンドでアリスの手足を拘束する。
時間停止時の戦闘手段の一つとして、彼女は常にそれを携帯していた。
紅は軽々とアリスを抱え、停止した世界の中を颯爽と歩いていく。
────時が動き出した。
アリスはいつの間にか、両手足を拘束された状態で大通りの交差点のど真ん中にいた。
歩行者信号は青だが、道行く人々の好奇の目に晒されている。
「くそ! 何でこんなとこおんねん。あいつ……、時間停止の魔術師め!」
アリスは喚いた。
少し動くと、がさ、と紙の音がする。
即座に矮小化し、拘束を脱した。
いつの間にか世の人々は皆、運営側の手の内に取り込まれていた。
魔法により起こるあらゆる出来事について、疑問も持たなければ追及もしない。
十二月四日が近づくにつれ、洗脳のようなものが進んでいるようだった。
最早、魔法の使用に躊躇はいらない。
はら、と何かが落ちる。いつの間にか背中に貼られていた紙だった。
“裏切り者”と書かれている。
「…………」
これも紅の仕業だろう。小さく舌打ちする。
通常の大きさに戻ったアリスはスマホを取り出し、冬真に電話をかけた。
「あいつらの拠点、見つけた! 今ならまだそこにおるはずや。まずは時間停止の魔術師からぶっ殺そう!」
*
瞬くと、目の前からアリスは消えていた。紅の姿もない。
彼女が時を止めている間に、アリスを連れ去ったのだろう。
瑠奈は紅に電話をかけ、応答を確認するとスピーカーに切り替えた。
「紅ちゃん、大丈夫? 何処行ったの?」
ややあって、紅の苦しげな息遣いが聞こえてくる。
『……平気だ』
「アリスは────」
『殺した。……社会的にな』
あんな紙如きでは全然足りないが、嫌がらせにはなっただろう。
────時間停止魔法は、指を鳴らすことで時間の停止と再生が可能だった。
停止中も術者は動くことが出来る。また、術者が触れた物体も動くことが出来る。
停止していられる時間は、最大で一分間だ。
しかし……。紅は腕時計を確かめる。
(四十六秒……)
先ほどは一分と経たずして限界を迎えた。
だんだん、停止していられる時間が短くなっているように思う。
紅は蒼白な顔で口元の血を拭った。
「戻って合流する」
『ちょっと待って。やめた方がいいかも』
慌てたように小春が制する。
『アリスちゃんに場所が割れたってことは、今頃冬真くんにも伝わってるはず。私たちが逃げないうちにここに来るかもしれない』
『だな。今日は一旦解散しよう』
彼女たちの言葉に「分かった」と紅は頷いた。
「……今のうち、全員に伝えとく」
大雅が言った。
「運営側に狙われた理由はルール違反だ。そのルールが何なのか分かった」
「何だ……?」
ルール違反などまったく心当たりがなく、蓮は眉を寄せる。
「殺意の放棄だ。“殺さない”って明確に意思表示しちまうと、あんなふうに直接制裁を加えに来る」
各々、神妙な顔つきになる。
蓮も「なるほどな」と頷いた。だから、先ほど小春の口を塞いだわけだ。
「そんな……。私────」
意図したことでないとはいえ、運営側を呼び寄せた原因が自分だったと悟り、小春は愕然とした。
これまで制裁として運営側の連中に殺された仲間たちのことを思い出す。
すべて、自分のせいだった……?
「おい、思い詰めんなよ。小春のせいじゃねぇ。俺たち全員、自分の意思で選んだことだ」
蓮の言葉に顔を上げる。
思わず窺うようにそれぞれを見やった。肯定するような頷きや微笑みが返ってくる。
何てあたたかいのだろう。
彼らと“仲間”と呼べる存在でいられる事実を噛み締める。
それは、このゲームに巻き込まれたことで得られた、数少ない喜びだった。
「────皆、くれぐれも気を付けろよ」
大雅がそう呼びかけ、その場で一同は解散した。