ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
「どうしたのだ」
「……小春の記憶が変なんだ」
紅は目を細める。
「毎日失うのだろ? 何が変なのだ」
「今までと違う。たぶん、ぜんぶは消えてねぇ」
小春自身のことや蓮のことは恐らく覚えている。
単に自分が教えた名前を繰り返したわけではないように見えた。
心臓が早鐘を打つ。期待と不安が入り交じる。
「記憶、って……? どういうこと? 何の話?」
「落ち着け、ちょっと待て。俺も今考えてる」
蓮は不意に真剣な表情を浮かべ、彼女を見やった。
「なぁ、ちなみにだけど……。八雲至のこと、覚えてるか?」
「……? やくも、くん?」
「……いや、いい。何でもない」
至に聞いた話、小春に聞いた記憶。
それらを総合すると、小春が公園にいたのは────蓮を忘れていない状態で、最後に、公園にいたのは、ガチャを回したときだ。
彼女が口にした言葉は、そういうことだと理解出来る。
「分かった。小春はガチャ回して記憶を失う直前までのことは覚えてんだ」
「なるほどな」
困惑する小春に、蓮はアプリを開くよう促した。
そこに表示された代償を知り、彼女は驚愕する。
「二十年分の記憶……!?」
「桐生氏のお陰で十七年分は取り戻せたようだな。あとの三年分はやはり蓄積されないわけか。厳密に言えばもっと数字は細かくなるが」
「そういうことだな」
蓮は小春が代償を払って以降に起きた出来事を説明した。
至たちのことも、自分たちが何故ここにいるのかも。
小春は驚いたりショックを受けたりしながらも、蓮から伝えられる言葉をすべて真正面から受け止めた。
彼女が覚えているのは、二回目にガチャを回すより前に出会っていた、あるいは知っていた人物だった。
忘れてしまっているのは、以降に出会った至、日菜、紅だ。依織のことはそもそも知らなかった。
当然のことながら、アリスの裏切り、至の死、うららの死については覚えていなかった。
残酷だが、至のことやその死のことを忘れたのは、必ずしも不幸とは言えないのかもしれない……。
蓮は沈痛な面持ちになりながら、そんなことを思った。
朝食を済ませると、彼は大雅とテレパシーを繋いだ。
「起きてるか?」
『ああ、どうかしたか?』
蓮は紅と話している小春を一瞥し、現状の報告をする。
「至の言ってた、逆行性健忘? とやらは改善したみてぇだ。俺のことも覚えてた」
『……そっか、思った通りだ』
「分かってたのか?」
『俺のときはそうだったから、期待はしてたんだ。でも代償の年数的に確かなことは言えないから黙ってた。悪ぃな』
「いや、マジでありがとう」
大雅には感謝してもし切れない。
蓮はそんなことを思いつつ切り出す。
「何か変わったこととかねぇか?」
『今のところは大丈夫だ。テレパシーも全員分ちゃんと繋がってる。瑚太郎は確かめらんねぇけど』
至が殺されたとき、彼の魔法は解けた 。
眠らされていた瑚太郎(あるいはヨル)も目を覚ましたはずだ。
しかし、音沙汰がなかった。
『……それに関して、実は話したいことがあるんだ。めんどくせぇから通話に切り替えるぞ。小春にも伝えておきたい』
そう言われた直後、大雅から電話がかかって来た。
小春と紅を呼んだが、紅は少し離れたダイニングの椅子に腰を下ろした。
遠慮ではなく、怠惰だった。結果だけ聞ければいい。
「大雅くん? 色々とありがとう。お陰で私────」
『そんなんいーから気にすんな。当たり前だって』
ぶっきらぼうながら優しい彼の返答に、小春は思わず小さく笑った。
彼は何処か蓮と似ているような気がした。
一拍置いて大雅は切り出す。
『大事な話があんだよ。瑚太郎のことで』