ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
しかし変わらなかった。何度呼びかけても、瑚太郎は現れない。
ヨルの憤りを増長させる一方だ。
「よし、決めた。てめぇのその口塞いでやるよ」
彼は水の塊を作り出す。
空中でも形を保ったままのそれは、放たれると一直線に大雅のもとへ飛んできた。
蛇のようにうねりながら追尾してくる水を、大雅は俊敏に避けていく。
捕まれば溺れる。本能的にそれが分かる。
「いつまでそうしてられっかな。目障りだからとっとと消えろよ」
ヨルは再び人差し指の先を大雅へ向けた。
水弾を撃ち込むと、そのうちの一発が彼の脇腹に命中した。
水に追われながらではさすがに避けきれなかったらしい。
「く……っ」
じわ、と赤い染みが浮かび上がる。
重く響くような痛みが大雅の動きを鈍らせる。
いつまでも逃げ続けることは出来ない。
一か八か────。
大雅は器用に攻撃の合間を縫い、巧妙にヨルと距離を詰める。
確かめるようにヨルの双眸を覗き込んだ。彼の頭の中には、相変わらず漆黒の闇が広がっている。
何も見えない。まるで新月の夜空だ。
突然詰められたヨルが戸惑っているうちに、大雅は彼の腕を掴んだ。
「な……」
すぅ、と彼の瞳から光が失われる。
電池が切れたように大人しくなった。
「はぁ……はぁ……。痛ってぇ」
負傷と反動、それらに苛まれ、大雅は肩で息をしていた。
銃創を押さえると熱い血があふれてくる。
どうにかヨルを操作することは出来たが、瑚太郎を呼び起こすことは出来なかった。
どうすればいいのだろう。
どうすればヨルの暴走を止め、瑚太郎を救い出せるのだろう。
あるいはヨルの言う通り、もう瑚太郎はいないのかもしれない。
「瑚太郎……。おい、目覚ませよ」
彼の胸ぐらを掴み揺さぶる。
どうすれば、この声が届くというのだろう。
「くそ……」
手詰まり感に苛立ち、くしゃりと髪をかき混ぜる。
瑚太郎のことは、諦めるしかないのだろうか。
(……ごめん、大雅くん。本当にごめん……)
微かに声がした。
意識しなければ聞こえないほど小さく、今にも消えてしまいそうだ。
だが、はっきりと大雅には届いた。
誰の声なのか分かり、驚きに目を見張る。
「瑚太郎!?」
どうやらテレパシーのようだった。大雅が触れているから探知出来るのだろうか。
いや、大雅による操作は、その間対象に意思も記憶もなくなる。
どうやら瑚太郎の場合、色々と例外のようだった。
(僕は……何処か暗くて深いところに閉じ込められたみたいだ。昨日の夜からずっとヨルのまま戻れない。さっきのこともぜんぶ見てた。やめろっていくら叫んでもヨルには届かない……!)
彼の声は涙を堪えるように掠れていた。
(手遅れになっちゃった。ぜんぶ僕のせいだ。皆を失いたくなくて、ずっと隠そうとしたから……)
「違う、お前は悪くねぇよ。真剣に向き合わなかった俺たちのせいでもある。お前は一人で戦ってたんだろ、俺たちのために!」
実際、ヨルの問題は瑚太郎本人にしか解決出来なかったかもしれない。
それでも、一度でも彼とその話をしただろうか。
最初に真実を突きつけたきり、すべて彼に委ねていた。押し付けていた。
(大雅くん……)
「何か……、何かあるはずだ。お前がヨルに打ち勝つ方法。早坂瑚太郎でいる方法。俺たちが見つける。だからどうか耐えてくれ。頼む」
(……駄目だ)
ぽつりと呟くように瑚太郎は返す。
既に何もかも諦めてしまったかのようだった。
(もう無理だって分かるんだ! このままいたら、ヨルが皆を殺してしまう! 僕はそれをヨルの中から黙って見てることしか出来ない。耐えられないよ……!)
「瑚太郎……」
悲痛な叫びだった。
まるで冬真による傀儡と変わらない。
解放されることがない分、瑚太郎の方がさらに酷だろう。
(だからお願い。このまま僕を殺して────)
「……っ、馬鹿か! 出来るわけねぇだろ」
いったい何を言い出すのだ。
そんな途方もない申し出、受け入れられるわけがない。
しかし、瑚太郎は食い下がった。
(お願い……、大雅くん。僕が死なない限り、ヨルは止められない。どうか頼む、皆を殺したくない!)