ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
「…………」
しかし、不意にぴたりと律の足が止まった。
「……!」
大雅がテレパシーによって絶対服従を解いてくれたのだ。
────事前に、律は大雅に依頼していた。
『仮に拘束されても、絶対服従にかかれば解放されるはずだ。だが、だからといってやるべきことを果たす前に“死ね”などと命令されたらまずい』
『そうだな』
『だから数分おきに俺にテレパシーを送って欲しい。すぐに応答しなければ絶対服従を解いてくれ』
くるりと方向転換した律は駆け出した。勢い任せに冬真へ手を伸ばす。
「!」
突然のことに冬真は戸惑ったものの、咄嗟に後ずさって避ける。
刃のような葉を飛ばすと、律の身体に切り傷が刻まれた。衝撃でその勢いが削がれる。
血が流れ、地面に赤い雫が落ちた。
首に鋭い痛みが走り、目眩を覚える。くらくらする。
「桐生……!」
気力でどうにか堪えつつ、律は顳顬に触れた。
『動くな』
その瞬間、冬真の頭の中で声が響く。
はっと彼は瞠目した。……大雅?
大雅のテレパシー自体に絶対服従効果はなかったが、突然のことに圧倒されてしまった。
彼らの意図がまったく読めないのだ。
その不気味さは、真正面から攻撃を仕掛けられるより余程脅威を感じるものだった。
ひゅん、と唐突に飛んできた水弾が冬真の足元すれすれに撃ち込まれる。
「……!?」
顔を上げれば、頬を掠めるほどの距離をもう一発通過していった。
少し離れた位置に、人差し指を向ける瑚太郎の姿を認める。彼の仕業だ。
あえて攻撃を外しているのが分かる。
(大雅に操られてるのか……?)
ヨルが自分に牙を剥くはずもない。彼のことは丁寧に飼い慣らしてきたのだ。
操られているに違いない。だが、何故そんなことになったのだろう。
まさか、ヨルが負けたとでも────。
思わず後退すると、ぴちゃ、と水音がした。
いつの間にか足元には水溜まりが出来ている。
動揺した瞬間、両腕を拘束された。あのまとわりついてくる水が、冬真の手首を掴んで離さない。
驚く間もなかった。
水溜まりから触手のように伸びた水が、足までもを捕らえてきた。
完全に動きを封じられる。
律が地面を蹴った。
今度こそ、伸ばした手が冬真に届く────。
「!」
殺される、と冬真は咄嗟に思った。
だが、そうではなかった。
「……さよなら、如月」
律は冬真の頭に触れた。
「……っ」
彼はよろめいた。苦しげに顔を歪め、頭を抱える。
深層に及ぶ大規模な記憶の改竄が行われ、激しい頭痛に襲われていた。
ふっ、と力が抜け、どさりとその場に倒れる。
膨大な記憶操作により一旦気を失ったのだろう。
傀儡の遺体も糸が切れたように地面に落ちた。
次に目覚めたとき、彼は残忍な野望も利己的な本性も忘却しているはずだ。
────最初から記憶操作を行うつもりだったため、律は絶対服従を恐れなかったのであった。
そもそも服従させられることなんて容易に予想出来ていた。
どうせ記憶をいじるため、情報を吐かせられても問題ないと判断し強気に出られた。
「…………」
ぽた、ぽた、と、いくつもの深い傷から血が垂れる。ぱっくりと開いた首の傷から、どく、と鮮血があふれ出た。
頭痛と息苦しさを覚え、浅い呼吸を繰り返す律の周囲に、赤い花が咲いていく。