ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

 両手が震える。視界がぼやける。

 割れるような頭痛のせいで周りの音が遠のいていく。

 心臓も肺も破れそうだった。痛くて苦しい。

 これほどまでの反動は初めてだ。身体に負った傷と大量出血の影響で、通常より大きな負荷がかかっているに違いない。

 力が入らなくなり、地面に膝をついた。その拍子に口から血があふれる。

 広がる血溜まりの上に倒れ込んだ。血が跳ねると、赤い花はさらに開く。

「……これで、いい……」

 呟いた声は掠れた。

 空を見る。もう焦点も合わない。だが、心なしか以前よりも近く感じた。

 ゆっくりと、律は瞑目する。

 “やるべきこと”は果たした。成し遂げた。
 ……あとは、信じる(、、、)だけだ。



*



 少し離れた位置で、大雅も同じように強烈な反動を受けていた。

 蹲るようにして倒れる。

 腹部に負った銃創からの出血で、ひどい寒気がしていた。
 肌が青白く色を失っていく。体温が奪われていく。

 それで衰弱しているというのに、その上で瑚太郎を操作し魔法を使った。ただでさえ反動の大きな術を。

「く、そ……っ」

 大雅の身体は限界だった。もう動くことも出来ない。

 残念ながら高架下までは辿り着けず、律や冬真の結末は見届けられなかった。

 とはいえ、律のことだ。上手くやっただろう……。

 ────頭の中から律が消える。その命が尽きたことを悟る。

 ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返した。咳き込むと、血があふれた。

 内側から槌で殴打され続けているような頭。
 捻り潰されているかのような肺。
 拍動に合わせ爆発するかのような心臓。

 耐え難い苦痛が大雅の命を削っていく。

 彼は仰向けになった。決然たる眼差しで睨めつける。

「見てるか……。天界の、クソ野郎ども……」

 途切れ途切れの声は、それでもしっかりと空気を揺らした。

「……これが、俺たちの勝ち方だ」

 大雅は不敵に笑う。

 心残りはあるが、後悔はない。

 力を抜き、目を閉じた。

 一足先にゲームクリアと行こう────。



*



 大雅の死により、瑚太郎の操作が解けた。

 彼の内側では、ヨルと瑚太郎がせめぎ合っていた。

 大雅のお陰で一時的に瑚太郎の人格が浮上出来たのだろう。

 だが、それもいつまで持つか分からない。

「…………」

 何度も考えた。何度も模索した。

 ヨルを追い出し、自分を完全に取り戻す方法を。

 だが、想定以上にヨルは強力だった。

 彼の存在は根深く、瑚太郎には敵わないことを散々思い知らされた。

 もう、次はないかもしれない。

 ここでヨルに押し負けたら、もう二度と出てこられないかもしれない。

 そして、それは想定しうる最悪のパターンだ。
 ヨルによる完全な乗っ取り────。

 それを防げるのは、ヨルを封じ込められるのは、恐らく今しかない……。最後の機会だ。

 瑚太郎は涙を流した。

「ごめん、大雅くん……」

 大雅は言ってくれた。“生きろ”と。
 負けるな、と。諦めるな、と。

 ……自分もそうしたかった。

 ヨルになど屈したくはなかった。瑚太郎として、最後まで戦いたかった。

 しかし、もうそんな悠長なことは言っていられない。

(本当にごめん、皆)

 諦めるわけではない。
 負けを認めるわけでもない。

「でも、どうしてもお前だけはここで殺さなきゃいけない……!」

 瑚太郎は人差し指の先を、すなわち銃口を、顳顬部分に押し当てた。

 ざわ、と心が騒ぐ。暗い夜の森を風が駆け抜けていくようだ。

『やめろ!』

 ヨルが内側で叫ぶと、瑚太郎は身体を強張らせた。

 意図せず、勝手に末端から硬直していく。

 彼が必死に抵抗しているのだろう。そのうち瑚太郎は、自分の意思では動けなくなるはずだ。

 残された時間はわずかだった。

 猶予はない。躊躇している暇はない。

(────これは僕の身体だ。僕の人生だ。僕が決める)

 目を瞑った。
 つ、と涙が頬を伝い落ちる。

「……うるさい」

 水弾を発砲した。

 鮮血が翻り、瑚太郎は地面に崩れ落ちる。

 即死だった。
 自らが死ぬことで、ヨルを葬ったのだ。

 この選択に、悔いはなかった。
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