ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

 ふと、蓮は雪乃の制服や髪に付着した灰色の埃を眺めた。

 肩に載っていたそれを一つつまんで払う。

「……なぁ、何でいじめられるって分かってんのに毎日律儀に登校してんの?」

「怨恨の蓄積だ」

 お陰で殺すことに躊躇もなくなる。モチベーションも保てる。

 殺害しても時間を戻して蘇生しているとはいえ、小春の手前、そこまでは口に出来なかった。

 残忍で私的な理由であることは自覚している。

 尤も、ほとんど復讐のために力を使い、復讐に生きている彼女を、今さら責め咎めたりする資格はないと小春は思っていた。

「……今日、決着をつけるんですね」

 彼女に向き直った雪乃は呟く。

「そしたらおしまいだな、この世界も」

 少し寂しげに聞こえた。

 この命に執着はないが、楽しかった一方的な復讐劇が終了してしまうことだけはわずかに心残りだ。

「運営側を倒したらどうなるんです?」

「……分からない」

 そもそも勝つか負けるか、生きるか死ぬかも分からない。

 反逆に怒った運営側が、報復として関係のない魔術師────つまり雪乃たちを狙う可能性もないとは言えない。

「私たちのせいで、雪乃ちゃんにも害が及ぶかもしれない。本当にやってみないと、どうなるか分かんない」

 眉を下げた小春に、雪乃は頷く。

「大丈夫。元よりあたしは最後まで生き残るつもりなんてなかった。魔法の残量も残りわずかだし、身体もボロボロです。仮に生き残れたとしても、先は長くない」

 ちょうどいい機会だ、終焉を受け入れるには。

「……やっぱ一緒に来るか?」

 思わず蓮は言った。

 彼女の魔法を当てにしたいわけではなく、何となく見殺しにするようで忍びないという気持ちが強かった。

「お前は最後まで馬鹿だな。どう考えてもついてく方が危ねぇわ」

 雪乃はばっさりと断った。

 馬鹿にされたことにカチンと来た蓮だったが、反論は出来ない。

 彼女の言う通りだろう。

「でも、自分の知らないところで起きた出来事のせいで、巻き添えになって死んじゃったりしたら……やるせなくない?」

 案ずるような小春に、ぱっと雪乃は顔を上げた。

「そんなことないです。水無瀬さんはこうして事前に知らせに来てくれた。前にも言ったけど、あたしは水無瀬さんたちのやろうとしてることは間違ってないと思う」

 雪乃は真っ直ぐな視線を注ぐ。

「だから、応援って言い方が相応しいのか分からないけど……成し遂げて欲しい」

 少し間を空け、今度は小春が頷いた。

「……ありがとう、気遣ってくれて」

「おまえ────」

 雪乃による扱いの差に文句を言おうとしたが、その前に彼女は遮る。

「あたしはあたしのしたいようにするよ、最後に」

 長い前髪の隙間から覗いた瞳には、強い意志が宿っていた。

「ありがとう。あのとき、あたしに声掛けてくれて。無事と勝利を祈ってるからね、水無瀬さん……と、向井も」

 意外そうに顔を上げる蓮。

 小春は心が震えるのが分かった。

 思わず一歩踏み出し、雪乃を抱き締める。

「こちらこそ……助けてくれてありがとう。無事でいてね。すべてが終わったらまた会おうよ」

 雪乃は答えることなく微笑を湛え、小春を抱き締め返した。

 荒んだ心が乾き切る前に、この優しい温もりを知れてよかった。



*



 名花高校を後にした二人は、約束通り河川敷へ向かった。

 奏汰、瑠奈、紗夜、日菜────それぞれと同じだけ目を合わせる。

 決意も覚悟も揺らいでいない、凜然たる眼差しが返ってきた。

「冬真は……」

「ごめんね、少し遅れた」

 傀儡を伴い、冬真も姿を現した。小春は「大丈夫」と答える。

 彼に別段変わった様子はないように思えた。

 不都合な記憶はまだ、忘却の彼方だろうか。

「行こうか、最後の戦いへ」

 冬真が告げた。

 探り探りに眺めてしまったが、記憶の回復は恐らくしていないだろう。そう判断出来た。

 各々が頷き合う。

 拍動を落ち着けるように、小春は深く息を吸う。

「私たちはゲームを放棄する」

 はっきりと宣言した。

 ゲームに巻き込まれたときからの記憶や、死んでいった仲間たちの顔が、走馬灯のように思い浮かぶ。

「誰も傷つけないし、殺さない。こんなくだらないゲーム、もう終わらせる」



*



 運営側の面々は、当然ながらその状況を眺めていた。

「はぁ? 私の考案したゲームがくだらない? もーあったま来た! あいつら許さない!」

 霊媒師は苛立ちを顕にしたが、呪術師と祈祷師は興がるような笑みを口元に湛えた。

「どうする、陰陽師。奴ら、あたしたちに楯突く気だよ。見聞きしていたと思うが、あたしたちの打倒を目論んでる」

「誘われてるって分かってるけど、無視は出来ないよねー。霊ちゃんも激おこだし」

 祈祷師は続ける。

「まー、でも……ちょっとヤバイかもよ。脅威のイタルくんがいなくなったとはいえさ、人間界(した)に降りたらボクたちにもダイレクトに魔法効いちゃうし」

「関係ないし! 天界(こっち)でだって魔法は効くじゃん。今すぐ殺しに行かせて」

 感情のままに騒ぎ立てる霊媒師を、陰陽師は呆れたように一瞥した。

「……落ち着け」

 彼は常に無表情だったが、今は何処か不興が滲み出ているように見える。

「確かにどちらでも魔力は有効だが、我々が受ける分には、ここの方が奴らの世界より威力を軽減出来るのも事実だ。人間如きには適応出来ない空間だからな。……奴らがここで能力を使えば、その肉体は確実に破滅する」
< 310 / 338 >

この作品をシェア

pagetop