ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

 しかし、実際に貫いたのは彼の左肩だった。

 祈祷師は寸前で避け、急所から逸らしていた。

「……っ」

 冬真は歯を食いしばる。

 祈祷師も痛みに顔を歪めていたが、致命的なダメージを与えられていないのは明白だった。

 刺さっていた樹枝を抜く。

「痛ったいなぁ、もう……。キミらさ、ボクの肩に恨みでもあるの?」

 祈祷師は傷口を押さえながらおどけるように言った。

 あふれていた血は止まり、みるみる傷が塞がっていく。

「!」

「そんな……」

 日菜の回復魔法とも少し違っているように見えた。

 彼の能力で治癒したというより、この空間がそうさせているようだ。

「ふふ、天界(こっち)ではボクら無敵なんでねー」

 祈祷師は笑った。

 その言葉に疑いの余地はなさそうだ。

 この異空間は見るからに彼らにとって有利に働いている。彼らの味方をする。

 だからこそ自分たちが招かれたのだ。

 ────不意に祈祷師は笑みを消す。

「トーマ、覚えときなよ。悪役(ヴィラン)は滅びる運命なの」

 冷淡に告げた祈祷師は、流れるような動作で冬真の額に光弾を撃ち込んだ。

 小春の浮遊魔法が解け、彼はその場に倒れる。勢いよく背中から床に打ち付けられた。

「冬真くん!」

「冬真!」

 彼は微動だにしなかった。
 ……あれでは即死だろう。一目でそれが分かる。

 奇しくも琴音と同じ手段で命を落とす羽目になったわけだ。

 残酷かつ非道な行動を目の当たりにし、祈祷師に思わず非難の眼差しを向ける。

 彼は既にこと切れた冬真からは興味を失ったかのように、小春たちを眺め笑っていた。

 まるで次なる獲物を吟味するかのように。

 蓮は臨戦態勢を取った。

「……一旦、退()こう」

 小春が言う。

 想定外の出来事が立て続けに起こった。

 あんなふうに傷が瞬間的に治癒するのでは、戦っても勝ち目はない。

 まだ、普段の世界の道理が通用するのなら、可能性はあったかもしれないのに。

 だが、傀儡やテレパシー、睡眠、時間操作といった魔法は使えないようだ。
 使えるのであれば、とっくに惨敗している。

「他の皆のことも心配だし、態勢を立て直して────」

「小春!」

 不意に蓮が小春を突き飛ばした。

 驚いて振り向くと、目の前を光線が過ぎる。

 それは蓮の脇腹を貫いた。彼は顔を歪めて呻く。

「蓮……!」

 祈祷師による光弾から庇ってくれたのだ。

 そんな事実と併せ、彼の傷口からあふれる鮮血を見ていると、小春の平静さが失われていく。

「私が……っ」

 日菜は慌てて治癒に当たった。

 淡い光を宿した手を傷に翳すと、みるみる怪我が治っていく。

 これくらい大したことない。治すのもわけはない。その程度の傷である。

「う……」

 しかし、日菜は甚大な魔法の反動を受けた。

 肩で息をし、蒼白な顔で鼻血を拭う。

「日菜ちゃん」

 小春も蓮も、そんな日菜の様子に戸惑った。

「あー、キミ結構ガタが来ちゃってるみたいだね」

 祈祷師が口元に笑みを湛えた。

 雪乃の言う通りだった。

 紅然り、強力かつ反動の大きな魔法は、使うほど劣化していくようだ。

「その分だと、もうかすり傷程度の治癒でも血吐いちゃうんじゃなーい?」

 挑発する祈祷師の言葉を、日菜は否定しなかった。出来なかった。

 小春は案ずるように彼女を見やる。それほどまでに劣化が進んでいたとは……。

「心配ありません。私は皆さんを治すために来たんです。躊躇いません……!」

 日菜はきっぱりとそう言った。

「……悪ぃな、さんきゅ」

「ごめん、私────」

 小春は思わず眉を下げる。

 自分のせいで蓮に怪我を負わせ、日菜を反動で苦しめた。

「そういうのは後だ。退くなら急いで行くぞ」

 蓮は二人を促し、走り出す。

 一瞬、小春は倒れている冬真に目を向けた。

 最後まで悪役(ヴィラン)に徹した彼だったが、だからといってその死が肯定的な意味を持つわけではない。

 守れなかったことを悔やむ時間も、死を悼む暇もなかった。



 蓮に続き、廊下を駆け抜ける。

 ここが通い慣れた名花高校で良かった。作り物だが見取り図は同じだ。

 足の速い蓮が先導して走っていく。

「あは、鬼ごっこだ」

 すぐ後ろに祈祷師が追ってきている気配があった。

 追いつかれそうになると、小春が目眩ししたり蓮が火炎を放ったりして妨害した。

 祈祷師からの攻撃を何とか避け続け、一直線に昇降口を目指す。

「もう少しだ……!」
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