ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

 外へ出れば逃げるのも隠れるのも、校舎内より容易になるはずだ。

 昇降口を抜けた蓮は生徒玄関の扉に手を掛け、一気に力を込める。
 抵抗なく開いた。

「!」

 外へ飛び出そうとしたが、すんでで立ち止まった。

「おい、マジかよ」

「うそ……っ」

 足下には深淵の闇が広がっていた。地面がないのだ。

 外が暗いのは深夜だからだと思っていた。

 そうではなかった。

 この名花高校を模した空間が、闇に浮かび上がっているのだ。

 三人は困惑したまま、その場に立ち尽くす。



「……忘れたの?」

 のんびりと歩み寄ってきた祈祷師が首を傾げた。

「ここは“天界”という名の異空間。キミたちの知ってる場所にどれだけ似てても、別の世界なんだよ」

 小春たちは振り返る。

 祈祷師が口角を上げた。
 
「もっと分かりやすく言おうか? もうキミたちに、逃げ場はない」

 ────理解した。

 だからこそ彼らが来るのではなく、自分たちが招かれたのだと。

 連中は自分たちを殺すのに本気になったのだ。

 また、今はあえて甘い追跡をしていた。

 自分たちに逃げ場がないということを知らしめ、絶望させるために。

 校舎からは出られない。

 ここだって、いつまた形を変えるか分からない。

「…………」

 小春も日菜もおののきを顕にした。

 混乱を抑え込み、蓮は虚勢を張る。

「……は、そうかよ。関係ねぇな、俺たちに逃げる気なんてねぇんだから」

「えー、カッコつけないでよ。今しがた逃げてたトコじゃん!」

 祈祷師はけたけたと声を上げて笑った。

 実際、小春たちに余裕はなかった。

 どうしたらいいのだろう。

 同じ土俵に立つことも出来ない相手を、どう倒せばいいのだろう。

 確かに逃げ道はないが、仮にあったとて逃げても仕方がない。

 こんなことでは、陰陽師と相見える前に全滅するのではないだろうか。

「さぁ、どうするー? 大人しく降参する? そこから飛び降りてみる? それとも、ボクに殺されたいかにゃ?」

 祈祷師は楽しそうに言った。

 場を、命を、状況を、一方的に操れるのだから、彼にとっては楽しくて仕方がないだろう。

「…………」

 唇を噛み締める。

 どのみち、いずれぶつかる相手だ。ここでやるしかない。

(……そう。“どうするか”じゃない)

 やるしかないのだ。
 ここへ乗り込んできた時点で後には引けない。

 小春は生徒玄関の扉を閉めた。

 毅然として振り返り、祈祷師を睨めつける。

「どれも違う。あなたたちを倒して、ゲームを終わらせる」

 祈祷師は「へぇ」と意外そうに答えた。

「キミ、おバカさんだね。さっきの見たら、そんなの無理だって分かるでしょ?」

 小春は厳しい眼差しを保った。

 余裕そうな態度の祈祷師を、その肩を、鋭く見据える。

「無理じゃない。だって────」

 小春は指を構え、光弾を撃ち込んだ。冬真が先ほど樹枝を刺した位置を狙って。

 ひゅん、と走った光線が命中し、肩から血があふれた。

「な……」

 突然のことに祈祷師は戸惑いを見せ、銃創を押さえる。

 さすがに予想外の行動だった。

 驚きからか、あるいは痛みからか、祈祷師の態度と自信が揺らいだ。

「小春、何して……。どうせすぐ治るだろ? 意味ねぇんじゃ────」

 蓮も困惑し小春と祈祷師を見比べる。そうして違和感を覚えた。

 ……先ほどより止血が遅いような気がする。

 やはりというべきか、彼の傷は治った。

 しかし、それも時間がかかっていたように感じる。

「やっぱり……」

 小春は呟く。
 先ほど逃げながら祈祷師を観察していた。

 冬真に貫かれたダメージが残っているのか、左腕の動きが鈍くなったような気がしていた。

 気のせいではなかったようだ。

 見かけ上、傷は治っても、そのダメージは確かに蓄積しているのだ。

「私たちの攻撃が効かないわけじゃない。勝算はある」

 小春はきっぱりと言い切った。

「おぉ……。やるな」

 希望を取り戻したように蓮が呟く。

「……っ」

 珍しく笑顔を消した祈祷師は、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

 悔しがる様子を見せていたが、すぐにいつもの軽薄な笑みを取り戻す。

「……だから何? 結局、耐久値は反動がないボクの方が上。魔法の精度もね」

 彼が払うように手を振ると、床に水が渦巻いた。

 轟音とともに水柱が上がり、小春たちに迫る。

「分からせてあげる。キミたちが所詮“ニセモノ”だってこと!」
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