ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
*



 小春が目を覚ましたのは、水の上だった。

 天界だ。最初に目にした景色と同じである。現実世界を模していない、まっさらな天界。

「…………」

 周囲を見回しつつ、そっと身体を起こす。

「目覚めたか」

 不意に低い男の声がした。

 振り返ると、和服のような漢服のような衣装を纏った男がいた。

 三十代から四十代くらいだろうか。
 闇のように黒い長髪と、血のような紅色の瞳が特徴的だ。

 彼は悠々と玉座に腰かけている。
 直感的に、彼こそが陰陽師だと分かった。

「私……」

 小春は警戒しつつも、戸惑いを顕にする。

 深淵の闇の中を永遠と落下しているような気がしていた。

 あのまま落ちた先に叩きつけられ死ぬか、破片の下敷きになって死ぬかと思っていた。

(助かったの……?)

「あれは言わば、精神世界……。物理的な崩壊ではないゆえ、そなたはこうして無事というわけだ」

 小春の心を読んだかのように陰陽師は答えた。

 何だか抽象的な話だ。

「蓮は……? 皆は……」

 呟くように尋ねると、陰陽師はおもむろに指を鳴らした。

 宙にガラスの塊のようなものが無数に浮かび上がる。

 恐る恐る立ち上がり、透明度の高いそれに近づいてみると、中に人の顔が浮かび上がっていた。

 その中の一つに蓮を見つける。

「蓮……!?」

 ガラスの塊は小春の肘から指先ほどの大きさだ。

 実際に本人が閉じ込められているわけではないのだろう。

「どうなってるの?」

「皆、このゲームの死者たちだ。よく見てみろ、そやつ以外にも見知った顔がいるだろう」

 小春は辺りを見回した。

 琴音や大雅、瑠奈、奏汰……。他にもいる。確かに失った仲間たちが閉じ込められている。

 皆一様に目を閉じ、眠っているように見えた。死者の魂とでも言うのだろうか。

 小春は圧倒されながら、思わず後ずさった。
 ガラスの塊はそこら中に無数にある。遠くのものは霞んで見えない。

(こんなに、たくさん……)

 ゲーム中の人間世界の状況も、こうしてガラスに投影し把握していたのだろう。

「これでもほんの一部だ。彼ら彼女らは、東京戦(、、、)の犠牲者たち。その他も合わせればこの空間が埋まる」

 言っている意味が分からなかった。

 小春は困惑する。

 “東京戦”など、まるでここ以外でもこのウィザードゲームが行われていたような言い方だ。

「ゲームは時期をずらし、全国で予選を行っていた。東京が最後だったのだ」

「全国……予選?」

 陰陽師は小春の心情を無視する形で続ける。

「我々の目的はただ一つ。“新たな魔術師”を決めることだった」

「何、言ってるの? 意味が分かんない……! 魔術師って、だって私たち────」

 理解が追いつかない。

 話についていけない。

 自分たちは魔術師だ。その中の頂点を決める、というならまだ話は分かる。

 だが、陰陽師の口振りはそうではない。

 いったいどういうことなのだろう。

「天界と我々の実態について改めて話そう」

 陰陽師は頬杖をつき、小春を見下ろした。

「……天界は、簡単に言えば異空間。別に人間界より上に存在する、神々の住処というわけではない。我々の呼び名にしても同様、実際にその役割を担ってるわけではない。ただ、呼び名がないと不便なのでな、今の呼称に落ち着いたに過ぎない」

 おもむろに立ち上がった陰陽師は滔々(とうとう)と語り出す。

 悠然と階段を下り始めた。

「そして、少し前まで……私と祈祷師、呪術師、霊媒師の他に、もう一人の者がいた。それが────魔術師」

「……!」

「この異空間はその五人が揃わなければ、空間の存在を保っていられない。それぞれが、次元を保つ歯車なのだ」

 何となく、ぼんやりと、話の輪郭が見えてきたような気がする。

 先ほど一度世界が崩壊したのは、歯車が一つ欠けているからかもしれない。

「知っての通り、我々は人間ではない。(あやかし)とでも言っておこうか」

「あや、かし……」

 そんなものが実在するのだ。

 魔法の存在がある以上、今さら信じられないことでもない。

 人間でないことくらいは確かに分かっていた。

 ────彼らは勝手に日常に介入して来て、ぶち壊していった。
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