ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜
はっとする。
凪いだはずの感情が揺れ始める。
『何があっても……小春なら────』
蓮はその先に何て言おうとしたんだろう。
小春なら。
(私なら、大丈夫? 私なら、勝てる? 私なら……)
きっと、どんな状況に陥っても打開できるはずだ、ということを伝えてくれようとした。
そう信じたい。
「…………」
小春は立ち止まり、祈祷師の手を振り払う。
決然たる眼差しで真っ直ぐに陰陽師を見据えた。
「あなたはどうして……関わりたくない、って人間を見下してるくせに、魔術師を迎えようとするの?」
妖がその立場を担えるのなら、人間に固執する必要なんてないのに。
「今回のバトロワは私が考えたことで、初めての試みだったんだよ。醜い人間たちによる醜い争いの果てを見たかったの。面白そうだから。陰陽師じゃなくて、私の提案ってわけ」
陰陽師の代わりに霊媒師が答えた。
「……だとしても、あなたに拒否権だって決定権だってあったでしょ」
すっ、と陰陽師は目を細め、小春を見下ろす。
「何が言いたい」
「……あなたは何処か、期待してるんじゃない? 人間の身勝手さと利己主義加減と醜さの中にある、何か……崇高な美しさ────それを探してる」
しん、と水を打ったように静まり返る。
一拍置き、陰陽師は声を上げて笑った。
「馬鹿なことを。貴様は何処まで夢想家なのだ」
「それを私が持ってるとは言わないけど……」
「当然だ、思い上がるな。そんなことはどうでもいいのだ。さっさと────」
「私は」
陰陽師の言葉を遮り、小春は毅然と言ってのける。
「私は、魔術師になんてならない」
「……はぁ?」
霊媒師が驚くような非難するような声を上げた。
すぐそばにいる祈祷師が何か言おうとしたが、先んじて小春は続ける。
「魔法とか、特別な力なんていらない。傷がすぐに治らなくてもいい。老いることも死ぬことも当たり前だよ。……だって、人間だから」
「だーかーら、それが君たちの欠点だって言ってんの」
「でも私はそれでいいの、それがいいの。普通の人間でいたい……いたかった! 平凡な高校生のままでいたかった!」
何気ない日常を思い出せば、じわ、と涙が滲んだ。
「特別な何かなんてなくてよかった。ただ……ただ、蓮や皆がいてくれたら、それでよかった……っ」
こぼれそうになる涙をどうにか堪える。
「返してよ……。あなたなら、生き返らせることが出来るんでしょ。皆を返して! こんなゲームの犠牲になった人たち全員、蘇らせてよ。私たちの日常を返してよ……!」
永遠のように感じられる静寂が落ちた。
自分の呼吸や心音が耳元で聞こえる気がした。
「…………」
目を伏せ黙していた陰陽師が、ややあって口を開く。
「────そなたは、何を差し出す?」
その言葉に小春は息をのんだ。
「忘れたわけではあるまいな? 私は最初から言っている。何かを得るには、何かを差し出せ、と」
「……私は、どんな代償も厭わない」
小春は揺らぐことなく、強気な表情で答えた。
吟味するようにしばらく眺めていた陰陽師は、わずかに、ふっと笑う。
「……いいだろう」
欠けた歯車は妖の中から探すとしよう。
陰陽師の出した答えに、三人は驚愕した。
まさか小春の申し出を受け入れるとは思わなかった。
「え、マジで? いいのー?」
念押しする祈祷師を無視し、彼は階段を下りてくる。
「ただし、その場合、当然ながら人間たちに与えた異能は返して貰う。その代わり、代償も返還しよう」
「本当に……!?」
予想外の言葉だった。
これで元に戻る────。平穏な日常に戻れる。
「勘違いするな、温情などではない。ただ、やはり人間風情には天界へ昇る資格などなかったのだと判断したまで。もう関わりたくないものだ。永遠に下界で燻っているのが似合いだな」
天界とは名ばかりの異空間だ、と言っていたくせに、ひどい言い草だ。
しかし、話が通じた。すべてを懸けた甲斐があった。
今ならこの程度の悪態は聞き流せる。
「────して、そなた。如何なる代償も厭わぬと申したが、二言はあるまいな」
小春は黙って見返す。当然、ない。
「では……愚かな魔術師気取りどもが払った代償。それをすべて、そなた一人に背負って貰おう」