ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

 浅く荒い呼吸が熱を持っているのが分かる。

 上手く息を吸えない。心臓が痛い。肺も頭も関節も痛い。苦しい。

 これほどに激しい反動を受けるのは初めてだ。

『聞こえるか、琴音!』

 ずきずきと締め付けられ、揺らぐような頭の中で遠くに大雅の声がした。

「き、りゅう……?」

『絶対に魔法は使うな!』

 脈打つ拍動が琴音から体力を奪っていく。

 今にも意識が飛んでしまいそうだったが、何処か冷静な自分がいた。

 大雅は今、魔法が使えないのではなかったのだろうか……?

 自嘲するような乾いた笑いがこぼれた。

「もう、手遅れよ……」

 そう呟くと同時に、ガラ、と教室の扉が開かれる。

 廊下の窓から射し込む月明かりを背に、ほくそ笑む瑠奈が立っていた。



*



 少し時を遡る。

 小春は戸惑った。自宅にいたはずなのに、気付いたらまったく別の場所にいる。

(そうだ、大雅くん……!)

 はっと閃く。大雅に手を掴まれてからの記憶が抜け落ちていた。

 間違いない。彼が何かをしたのだ。

「大雅くん、私に何をしたの!?」

 小春は顳顬に人差し指を当て、大雅に呼びかけた。

『私、何か記憶が────』

 小春からのテレパシーを受け取った大雅は、擡げた足の靴裏を塀に当てる。

 いつもと変わらず気だるげな様子で、しかし真っ当な嘘を頭の中で構築していく。

「記憶? あー、それはな……」

 何とはなしにカーブミラーを見上げた。街灯に照らされた自分の姿が映っている。

「…………」

 不意に言葉が切れる。
 大雅の表情から余裕の色が消えていく。

「……くそ! しまった、やられた」

 慌てて身を起こした。くしゃりと髪をかき混ぜる。

『え? どうしたの……?』

「俺の記憶が操作されてた! しかも冬真に絶対服従の術かけられてる。“琴音を殺せ”って!」

『えっ!?』

 驚愕に満ちた小春の声が返ってくる。

 大雅は焦りながらも冷静に、現在の状況を端的に説明した。

「俺……お前のこと操って、全員ばらけさせたんだよ。琴音に連続で瞬間移動させて疲弊させたところを、瑠奈に仕留めさせるために」

『そんな!』

 小春は、どうしてそんなこと、と尋ねかけてやめた。冬真と律に操られているからに決まっている。

 大雅も人を操ることが出来るとは初耳だが、今はそれについて詳しく聞いている場合ではない。

 大雅は急ぎ、琴音にテレパシーを飛ばした。

「聞こえるか、琴音!」

 一拍置き、弱々しい琴音の声が返ってくる。

『き、りゅう……?』

「絶対に魔法は使うな!」

 もう遅いかもしれない。

 既に大きな反動を受け、かなり衰弱しているようだ。

「頼む。十二時間……俺と瑠奈から逃げ切ってくれ」

 その数字は、冬真による絶対服従の効果時間だった。一度術にかかると約半日は解けない。

 それ以降、琴音からの返答はなかった。

 待機していた瑠奈が現れたのかもしれない。だとしたら、その身に危機が迫っている。

「……くそ、俺のせいだ」

 迂闊だった。あれほど警戒していたのに、いとも簡単に冬真の手に落ち、記憶を改竄(かいざん)されてしまうとは。

 自分のせいで仲間を危険に晒した。

 そうならないよう、大雅自身が冬真たちのもとへ留まっていたのに。
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