もうごめん、なんて言わないで
俊介との余韻に浸りながら端の方へと移動する。うるさくなる心臓を落ち着かせるのに必死だった。
「やっと見つけた。この方向音痴、また迷ったろ」
探し回っていた様子で慶タローが隣に立った。
しかし、いまだ放心状態の中にいる私の耳には彼の言葉がぼんやりとしか聞こえてこなかった。
「おーい美亜」
「慶タローより英語話せるから大丈夫」
「は?」
こんな顔、恥ずかしくて誰にも見せられない。
適当な言葉を返し、不自然にも真っ赤になった顔を隠すようにその場を飛び出した。
「ひゃ」
ろくに周りも見ずにいたら、突然目の前に誰かが飛び込んできた。
思考が停止しかけたところへ聞こえてきた鈍い音。ビクッと心臓が止まりそうになる。
喧嘩だ。三〇代くらいの黒人男性ふたりが取っ組み合いの喧嘩を始め、注目が集まっている。
警備員の男性たちが仲裁に入る中、恐怖で足がすくみ動けなくなっていた。
「え」
呆然としているとなぜか近くにいた私までが腕を掴まれた。警備員に見下ろされなにか言われているけれど、まくし立てるように喋る英語はあまりにも速かった。
普段なら聞き取れそうな単語もまるで頭に入ってこなかった。
必死に耳を集中させても、パニックでどんどん手が震えてくる。もはや突然言葉も知らない異国の地へ放り込まれたみたいだ。
心臓の鼓動がうるさくなり、混乱して言い返す言葉も見つからなかった。
「ちがう、ノー! うわ、こういうときなんて言えばいいんだ」
背後からドギマギする慶タローの声が聞こえてくる。