もうごめん、なんて言わないで


「昔もこんなことあったよね」
「昔?」
「高二の夏、みんなで花火大会行ったでしょ?」


 英高校の近くにある神社で毎年行われていた英祭(はなぶさまつり)

 生徒がこぞって集まるその日、顧問の先生が気を利かせて一日だけ早く練習を終わらせてくれたことがあった。


「たまたまふたりでいただけなのにファンの子に見つかってさ。そしたら逃げるぞって走らされたんだよ。覚えてない?」


 サッカー部のみんなでぞろぞろ屋台を練り歩いていたとき、射的を見ていた私の手を引いて、俊介は迷わずやろうと言ってくれた。

 みんなは気づかずにどんどん先へ行ってしまったけれど、杏奈だけがニヤニヤと私に手を振ってきた。

 俊介は高校の頃から容姿が整っていて文武両道だった。他クラスや他学年に非公式のファンクラブができるほど人気があって、放課後は彼を見にくる女子で溢れていた。

 英祭ではそんな彼とふたりっきりでいたところを見つかってしまい、逃げるぞ、なんて言われて人混みを駆け抜けていったのを覚えている。


「慣れない下駄履いてるのに全力疾走されて、内心勘弁してって思ってた」
「それはすぐ言ってくれよ」


 彼と一緒にいる空間にだんだん慣れてきた。

 くすくすと冗談混じりに笑いながらリラックスしてきたのが分かる。


「そのときも言ってたよ。下駄って痛そうだよな、怪我してないかって」


 私たちはあの日、人通りの少ない神社の裏手に逃げ込んだ。階段に座らせてくれた彼の姿が目の前の光景とリンクする。

 あれから容姿は大人になったものの、なにも変わっていないように思えた。


「なんか懐かしくなっちゃった」


 しゃがんだままの彼を残して、遠くを見つめながらフェンスに寄りかかった。

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