もうごめん、なんて言わないで
「どうした?」
「ないの、鞄。携帯もパスポートも財布も、全部入ってたのに」
ゾッとした。
いつからだろう。俊介を追いかけたとき、もうすでに持っていなかったとすれば、あのルーレットの席で置き去りにしてしまったのかもしれない。
「見に行きたいとこだけど、俺ら逃げてきたとこだしな」
焦ってあたふたしている私とは裏腹に、彼は顎に手を当てて冷静だ。
変な喧嘩に巻き込まれそうになって、鞄までなくして、もう最悪だ。
「なんで逃げちゃったかなあ。英語ペラペラなんだからあの場で誤解解いてくれればよかったのに」
「悪かったよ、逃げた方が速いと思って」
どっと空気が重くなる。
ちらりと彼を見ると申し訳なさそうに頭を掻いていた。
鞄をなくしたのは自分の不注意で、俊介は助けてくれただけなのに、これではただの八つ当たりだ。
私は大きくため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。
「ごめん、助けてくれたのに」
「いや。とりあえずコマに電話して探してもらうか」
俊介はおもむろにポケットを探り、携帯を取り出した。
私は申し訳なくなり小さくうずくまっていたら、上から「あ」という低い声が聞こえてきた。
見上げると、彼は顔色ひとつ変えずに固まっている。
「ごめん、充電切れたわ」
驚きのあまり勢いよく立ち上がり、ぽかんと口が開く。
連絡手段がひとつもなくなった。