もうごめん、なんて言わないで
「美亜と話したかっただけじゃん」
いきなり美亜、なんて言われて、今にも頭から湯気が出そうだ。
「どうして今更、そんな風に呼ぶの」
「俺はずっと呼びたかったよ」
俊介の手が私を動かし、ぎこちなく振り返っていく。だんだんと近づいてきた顔が重なり初めて唇が触れ合った。
吸い込まれるように移動したベッドの中、私は彼を受け入れる。
頭がぼんやりとして何も考えられなかった。
翌朝、窓から差し込む光で目を覚ます。
隣に俊介の姿はなかった。
床に落ちている服を拾い上げ、ふとサイドテーブルに置かれたメモに目がいく。白い紙の中央に、小さく【ごめん】とだけ書いてあった。
「なによ、ごめんって」
ふかふかの毛布に顔を埋め、大きく深いため息をついた。
また、あの時と同じだ。結局私は俊介に近づききれず、掴みかけた手はするりと離れていった。フラれたときより重みのあるごめんの一言が、心にずっしりのしかかった。
ホテルに戻ったら、杏奈は顔色ひとつ変えずに部屋に入れてくれた。
充電が切れた――。
そう言った俊介の言葉は真実だったのか、嘘だったのか。
カジノを飛び出してすぐに杏奈の携帯へメッセージを送っていたようで、昨晩俊介とふたりでいたことも彼女は全て知っていた。
ソファの上には私がなくしたはずのクラッチバッグが置かれている。
みんなとはホテルのロビーで集まったけれど、そこにも彼は現れなかった。
俊介はそれっきり私の前から姿を消した。