もうごめん、なんて言わないで

 飛行機の到着を知らせるアナウンスが響く。

 インフォメーションカウンターの前でそわそわ辺りを気にしながらパイロットの制服が横切るたびにドキッとする。

 クリニックから電車に乗って十分ほどの距離にある羽田空港にきたのは、ラスベガスに行って以来だった。


「え、白河さん?」


 ぼんやりとしていたら低い声が聞こえ、目の前にはスーツ姿の男性が立っていた。


「お疲れ様です」


 苦笑いを浮かべる私を見て驚いた顔で近づいてくる彼は、同じクリニックで働いている歯科医師の旭恭一(あさひきょういち)先生。

 これから日本歯科医師会の講習会に出席するため博多に行くところだ。


「驚いた。山田(やまだ)さんが来るって聞いてたから」
「その予定だったんですけど……。急遽私が半休をもらうことになったら、人が足りなくなってしまって、その代わりというか。あ、これ」


 私は先程、院長から渡してほしいと頼まれたばかりの封筒を、思い出したように差し出した。

 軽く指が触れ、ぎこちない空気が流れる。

 一緒に働き始めてかれこれ八年の付き合いになるが、私たちの間にはどこか余所余所しい空気が流れていた。


「職場以外でまともに話すの久しぶりだね」


 彼がどこか嬉しそうに言う。

 どぎまぎしながら「はい」と返事をしたが、すぐに目を逸らしてしまった。


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