もうごめん、なんて言わないで
「美亜起きた?」
振り向くと隣の座席に座っていた世田杏奈がそばに近づいてきた。
「うん。うるさくて起きた」
「だよね」
くすくすと笑い合う私たちは高校生活のほとんどを一緒に過ごし、卒業後も月に一度は会っている。
ショートカットがよく似合う杏奈は、きりっとした綺麗な顔立ちをしている。
「はぁ」
あからさまなため息が聞こえてきた。
ふたりして前の座席を覗き込むと、キツネのようにツンとした顔を真っ青にして俯いていた。
「ねえ大丈夫?」
「ん」
蚊の鳴くような声が返ってくる。
生まれた時から家が隣通しでずっと兄妹のように育ってきた幼馴染みの慶タロー。本名は安藤慶一郎という。
もともと乗り物酔いがひどくて長旅なんて死んでも嫌だというタイプ。今にも吐きそうになるのを水で必死に誤魔化していた。
「お邪魔します」
「そういう抜けてるとこ昔からあったよな」
「そっちだって」
ルームキーも鞄の中で自分の部屋にすら戻れず、仕方なく俊介が泊まる部屋で休むことになった。
急遽ラスベガス行きが決まった彼は同じところには泊まれず、隣の高級ホテルをとっていた。
「電話番号なんて覚えてるんだ」
すぐにでも連絡をとるためひとまず部屋の電話を借りる。
「うん、慶タローのなら昔から変わってないから」
迷いなく番号を押す私を見て驚く俊介が、目の前のベッドに腰掛けた。