もうごめん、なんて言わないで
「じゃあ、いってきます」
「あ、はい。お気をつけて」
慌てて真空を抱いて立ち上がる。
杏奈を見送るときの癖で、無意識に「いってらっしゃい」と小さな手を掴んで振っていた。
ハッとして恥ずかしくなると、迷いながらも手を振り返してきた先生と目が合った。
これではまるで家族みたいだ。
「ちょっと急に止まらないでよ」
気恥ずかしく固まっていたら、女性の声がやけに大きく聞こえてくる。歩き出した旭先生も立ち止まり振り返った。
「美亜?」
視線は声のする方へと向けられ、私の顔からはスッと表情が消えていく。呼吸が浅くなり、脈打つ心臓も動揺も隠しきれず真空を抱く腕には力がこもる。
パイロットの制服を着た男性が呆然とこちらを見て立っている。
俊介だった。
その場に縛り付けられたかのように動けなくなる。
旭先生と目が合い、顔を引きつらせながらなんとか微笑んだ。
先生が去り、大きく深呼吸をする。落ち着け、と自分に言い聞かせ、俊介のいる方へ小さく会釈した。
「偶然。元気?」
「うん」
じわじわと歩み寄ってきた彼の声に心を乱されながらごくりと唾を飲む。隣には客室乗務員の可愛らしい女性を連れていた。
「俊介くん知り合い?」
これ見よがしに彼の腕に触れた彼女は、私を牽制するようににっこり微笑んでくる。ただの同僚ではないのが一目瞭然だった。