もうごめん、なんて言わないで


 恋人がいないなんて本気で思っていたわけじゃない。しかし実際に目の前にするとなにも言葉が出なかった。


「あの、私そろそろ……」
「ねえ、そういえば彼女もご招待してさしあげたら?」


 早くこの地獄のような状況から抜け出したい。

 少しずつ後ずさっていたら、香織さんが引き止めるように声を被せてきた。


「ぜひ来てください。私たちの婚約パーティー」


 ぎょっとする俊介がなにかを言いかけたが、先に続いた彼女の言葉で頭が真っ白になる。

 必死に口角を上げる努力はしたものの、気持ちが追い付かない。

 上手く笑えなかった。


「結婚……するんだ。知らなかった」


 やっと声を出せたがあまりにも不意打ちで、精神的ダメージは大きかった。


「来月にあるんです。もしよければぜひ皆さんと」


 ぐいぐいと距離を詰めてくる彼女は鞄から華やかな招待状を出してくる。でも目の奥は笑っていない。

 この人はきっとなにかを知っている。


「おめでとう」
「美亜!」


 真空を抱いたまま逃げるように背を向けた。もぞもぞと動く我が子に構っている余裕もなく、できるだけ遠くへと離れたかった。

 結婚するという現実が目の前に突き付けられ、自分でも気づいていなかった感情が浮き彫りになる。

 俊介には知らせず密かに育てると覚悟を決めたはずが、心のどこかで、いつか……と期待していたようだ。

 でも、もう手遅れ。
 彼が結婚してしまえば私たちの存在は邪魔でしかなくなる。真空を二度と会わせられないだろう。

 最後に残っていたわずかな希望が崩れ落ち、もう立っていられない気がした。


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