もうごめん、なんて言わないで
「三十八度。真空が産まれてからはじめてじゃない?」
翌朝、私は珍しく熱を出した。
体は鉛のように重く、頭は割れそうに痛い。
「青山くんの婚約話聞いて、旭先生からプロポーズされて。一気にいろんなことあったからね」
心配する杏奈が真空を抱きかかえると困ったように眉尻を下げる。額に貼ったひんやりと冷たいシートに手の甲をのせ、深いため息をついた。
「プロポーズってはっきり言われたわけじゃないよ」
「ついてきてほしいなんてプロポーズ以外なにがあるの」
杏奈の言葉がちくりと心に刺さる。
付き合っていた頃、彼は地元の福岡で歯科医院を開くのが夢だと語っていた。
今の職場を選んだのも若くして開業した院長からノウハウを学ぶためで、いずれ福岡へ帰ることは分かっていた。
でもまさか、ついてきてほしいと言われるなんて思ってもみなかった。
「まあ今日はゆっくり休みな」
「ごめん。真空のことよろしく」
部屋の扉が閉まる音ともに目をつむる。頭の中がぐちゃぐちゃですぐにでも眠ってしまいたかった。
それから、どのくらい寝ていたのだろう。
遠くから聞こえてきたチャイムの音で目を覚ます。
唸りながら頭まですっぽりと布団にくるまっていたら、部屋の扉が開いた。