もうごめん、なんて言わないで
旭先生がいる。向き合うと決めたはずだと自分の心に言い聞かせ、先生の腕をとった。
「行きましょう」
「待って」
歩き出そうとしたのに、なぜか彼は動かず逆に引き留められてしまった。
「予約の時間までまだあるし、こっちは大丈夫だよ」
あっさりと言う彼の微笑みに、口があんぐりと開く。
「いや、私は」
「大事な話みたいだし僕は車で待ってるから」
気持ちが揺らがないようにと必死で俊介を断ち切ろうとしているのに、まさかその彼と話すように促されるなんて思ってもみなかった。
旭先生が消え、ふたりで目を見合わせる。
気まずい沈黙がその場を支配した。
「乗って」
助手席の扉が開けられ、俊介の腕が背中に回される。
「え、どこ行く気」
「風が出てきた。中で話そう」
彼の優しさはずっと変わっていない。
身構えてしまった警戒心が一気に解き放たれる。ぎこちなく車に乗り込んだら扉が閉まった瞬間にそわそわとした。
「世田と住んでるんだって?」
運転席に座った途端、唐突な第一声に体が固まる。
浮気の証拠でも突き付けられたかのような緊張感が走り、声も出ない。
一定間隔で鳴り続けているハザードランプが無性に大きく聞こえてきて、時が止まったように感じた。