もうごめん、なんて言わないで


「待って」


 車を出ようとしたら肩をぐっと引かれる。


「俺、婚約解消した」


 意気込んで扉を開けようとしたはずが思わぬ言葉で冷静になった。半信半疑で振り返ると、彼の真っすぐな瞳に見つめられていた。


「どうして……」
「自分の気持ち、はっきり気づいたから」


 真剣な表情に心がかき乱される。


「それって、どういう――」


 自然と言葉がこぼれた瞬間、俊介の携帯が鳴った。仕方なしにポケットから取り出した彼の手元で【香織】と表示されている画面が見えた。

 私はどこか彼女に後ろめたさを感じ、車を飛び出していた。


 クリニックの隣にある駐車場で、運転席に座る旭先生が目に入る。


「おかえり」


 私に気づいて車を降りてきた彼は、なにも聞かずただただ私を迎えてくれた。


「ただいま」


 優しい声に応えるようににっこり微笑むけれど、俊介の言葉が頭の中で繰り返されうまく笑えない。

 なにも悪いことはしていないはずなのに、なんとなく目を合わせられない。

 旭先生の車に乗り込む直前、不意に俊介の姿が目に入った。呆然と立ち尽くしこちらを見ている。心臓がきゅっと締め付けられ、私は顔を伏せた。



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