もうごめん、なんて言わないで


 食事を終えて、旭先生はマンションの下まで送り届けてくれた。

 しかし一度も俊介との話題に触れてくることはなかった。


「ありがとうございました」
「ううん、こちらこそありがとう」


 レストランでもずっと心ここに在らずで、気持ちがふわふわしていた自覚はある。正直なにを話したのかもあまり覚えていない。

 だから、このまま「また明日ね」と帰ろうとする旭先生を見たら、どうしようもなく気になってしまった。

「なんの話だったのか聞かないんですか」
「え?」
「彼との話、真っ先に聞かれるものだと思ってたから。気にならないんですか」


 言ってから、きょとんとしている旭先生と目が合い、すぐに後悔した。


「すみません。忘れてください」


 これでは、私のこと好きなんでしょ、と言っているようなものだ。

 答えを待ってもらっている立場で言えたセリフではないのに、あまりにも自分勝手で図々しい発言に嫌気がさした。


「ううん、実は気になってた」


 すると、彼がわざとらしく笑った。

 かっこ悪いな、と呟き、優しく手を握ってくる。


「でも貴重なふたりの時間だったから。その間は僕のことだけ考えてほしくて、聞けなかった」


 旭先生はずっと私だけを見続けてくれている。大事にしてくれている。

 そのまま彼の手に抱き寄せられ、とても穏やかな時間が流れた。

 でもなぜだろう。
 心の中はぽっかり穴が空いたように、ぼんやりしていた。


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