もうごめん、なんて言わないで
「勝手に、相談もなしに産んだこと、ちゃんと謝ってなかった。私……」
「違う。言えなくさせたのは俺の方だろ」
すると、俊介は強い口調で言い放つ。
私の手をぎゅっと握る彼は視線を合わせるようにしゃがみ込み、穏やかに微笑んだ。
「それなら俺も言ってなかった」
「なにを」
「産んでくれてありがとう、って」
ずっと怖かった。
ひとりで産んで育てることも。
真実を知った俊介にどう思われるかも。
いつか打ち明けたいと心の底では願っていても、怖くて勇気が出せなかった。
けれど、この一瞬でなにもかも救われた気がした。体が少し軽くなったような気がした。
顔の筋肉が緩み、いろんな感情が相まってグシャグシャになる。
俊介はそんな私の頬に触れ、ゆっくり顔が近づけてきた。
そのときチャイムの音が響いた。
「いつもいいとこで邪魔が入る」
「ははっ、こんな時間に誰だろう」
寸前で固まった私は目を泳がせ、俊介からゆっくり離れていく。
インターホンは何度も忙しなく鳴っている。
頬の熱さに手を当てながらインターホンを覗いたら、液晶画面いっぱいにキツネ顔が写っていた。
「杏奈は? お母さん倒れたって」
勢いよく開いた扉の向こうからは、スーツ姿の慶タローがなんの躊躇もなく入ってくる。