もうごめん、なんて言わないで


「過労だって。そのまま実家に泊まるみたい」


 夕方ごろ、杏奈からきたメッセージを見せる。

 倒れた時に頭を打ったらしく、念のため二、三日検査入院をするらしい。

 でも『お父さんが大袈裟なのよ』とお母さんは笑って元気そうだったといい、ひとまず大丈夫だと連絡が来ていた。

 ズカズカとあがりこんできた慶タローはソファへ座るなり、ふぅっと背もたれに頭を預けた。


「杏奈からの着信、仕事終わってから気づいて。何度折り返しても繋がんないから、こっちきた」
「それなら電話してくれればよかったのに」
「ああ、そこまで頭回んなかったわ」


 汗をぬぐいながら立ち上がる彼はいつものように冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。

 椅子に座ったまま置いてきぼりになっていた俊介をやっと認識したのようで、「いる?」と目で合図した。


「悪い。俺今日、車」
「あそ」
「つか、全然読めないんだけど。なに、世田と安藤って……」


 俊介は混乱した様子で眉をひそめている。

 私は、あーっと迷いながら微笑む。


「うん、ふたり付き合ってるの」


 突然そうなった、というのが私の感覚で、ずっと腐れ縁みたいな関係だったふたりがどのタイミングで変わったのかまるで気付かなかった。

 三人でいてもそんな素振りは一度も見せず、ふたりとも恥ずかしがってなにも教えてくれないから永遠の謎だ。

 でも普段はツンとしているのにこうして汗だくで走ってくるくらい心配している慶タローを見ると、上手くいっているのだろうと思う。


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