もうごめん、なんて言わないで
4.迷い


「お先に失礼します」


 終業時間ピッタリに仕事を終えてクリニックを出る。

 周りを何度かキョロキョロして、近くにスタッフがいないことを確認した。

 足早に脇道を通り、街頭の下で前髪を整える。細い道に停まった一台の車が見えて、胸が高鳴った。

 助手席から車内を覗き込み、窓ガラスにコツンと小さく音を立てる。

 運転席から身を乗り出す俊介の笑顔が見えた。今日はシカゴに飛んでいた彼が四日ぶりに帰ってくる日だった。


「ごめんね、裏の通りで待っててなんて」
「俺はいいけど、まだ言ってないの? あの先生に」


 しんと静まり返る車内で、ぎこちなく頷く。

 真空の父親であることを打ち明けてから一ヶ月が経った。七月に入り季節も変わったというのに、旭先生にはまだなにも言えていない。

 食事に誘われてもなにかと理由をつけて断っていた。


「こんなこと俊介に相談するのは間違ってるって分かってるんだけどさ」

「ん?」

「正直、なんて言ったらいいか分からないの。旭先生の優しさに甘えて期待を持たせるようなこと言ったばかりなのに、本当に最低すぎて」


 ゆっくり進みたいなんて言っておいて、今更裏切れない。私の勝手で振り回して、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。



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