もうごめん、なんて言わないで
しかし心の中はモヤッとする。
本当はすぐにでも頷きたいのに、心から気持ちを受け入れられない自分がいる。
私にはまだ清算しなくてはならないことが残っている。それがどうしようもなくもどかしかった。
「返事はすぐじゃなくてもいいから。考えてみて、俺とのこと」
こちらを見てはにかんだ俊介にこくりと頷いた。
ただ少しでも気持ちに応えたくて、ぎゅっと手を握り返した。
「じゃあ、美味しいものでも食べに行きますか」
「うん」
車が動き出し、クリニックとは反対方向の大通りへ抜けていく。
立ち並ぶお店の明かりや電灯に照らされた群衆をぼんやり眺めていたら、鞄からバイブ音が聞こえてくる。
長く震える携帯を取り出すと、旭先生の名前が見えた。
私はそっと携帯を鞄に戻し、深く息を吐いた。
イタリアンレストランでパスタを食べたあと、車内で確認した携帯には旭先生からのメッセージが届いていた。
【明日、仕事が終わったら待っててくれる? 少し話したい】
もう逃げてはいけない。ずっと避け続けているのもそろそろ限界みたいだ。
「どうかした? 浮かない顔」
マンションまで送り届けてくれた俊介とエントランスに向かって歩く。
心配した顔で覗き込んでくる彼と目があい、咄嗟に「ううん」と笑って誤魔化した。