もうごめん、なんて言わないで


「彼は幸せにしてくれる?」


 見透かしたような問いかけにどきりとする。

 どうしようもなく喉が渇き、ごくりと唾を飲んだ。


「分かりません」

 しばらく考えたあと、私は旭先生の目を見てにこりと笑う。

「でも、私が彼じゃなきゃだめだったんです」

 真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれた旭先生には、変な言い訳なんかしたくはなかった。

 正直に今の気持ちを伝え、緊張ぎみに返ってくる言葉を待った。

 すると、力なく笑う彼が「そっか」と深く息を吐く。


「はっきり言ってくれて良かった。ありがとう」


 旭先生ほど優しい人を私は知らない。

 言葉もなくただ頭を下げることしかできずにいた私に「帰ろうか」と鍵を見せてきた。

 電源を切った自動ドアを静かに開け、外に出る。シャッターをおろし、鍵を回す音が異様に大きく響いた気がした。

 微笑み合う私たちはぎこちなくぺこりと頭を動かし、じゃあ、と言って背を向ける。

 くるりと回った靴底が音を立て、はっきりと区切りがついたような気がした。

 俊介のもとへ向かう、明るい未来の音にも聞こえた。


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