もうごめん、なんて言わないで
「白河美亜さん」
しかし、現実はそう甘くはないようだ。
声のする方へ顔を向けると、暗がりの道をスタスタ歩いてくる人影が見える。
月明かりに顔が照らされ、ハッとした時には左頬に衝撃が走っていた。
「疫病神!」
強く言い放つ彼女は、俊介と婚約していた香織さんだった。
「ちょっと、きみ」
慌てて旭先生が間に割って入ってくれたけれど、後ずさる私は痺れる頬の感触を押さえ混乱していた。
息を切らして立ち尽くす彼女の目には、怒りの感情がみなぎっていた。
「自分の幸せがそんなに大事?」
「え?」
「あんたのせいで全てを失う俊介くんにどう責任とってくれんのよ」
香織さんの声ははっきりと聞こえているのに、言葉がまるで入ってこない。
私は意味がわからず、面食らって固まっていた。