もうごめん、なんて言わないで
「婚約は解消するって勝手にパーティーキャンセルして。お父様から頭冷やせって言われてたのに……、あんたと結婚するなんて馬鹿なこと言うから」
この人はなにを言っているんだろう。
「予定してたフライトから外されて、しばらく謹慎だって内勤に回されたのよ」
大きな瞳に涙をギリギリまで溜め込んで、瞬きひとつせずじっと睨み付けられている。
「それがどういうことかわかる? あんたといる限り、彼はパイロットでいられなくなるの!」
泣き崩れるようにへなへなと地面にへたりこんだ彼女を前に、頭が真っ白になる。
心臓が強く脈打っているのが分かり、ドッドッドッと自分の心音が反響し、耳鳴りまでしてきた。
昨日会ったとき、俊介はどんな顔をしていただろうか。
しばらく日本にいると言った彼は、どんな表情だっただろうか。
必死に思い出そうとしてみても記憶の中の俊介が歪んで見えて、うまく思い出せない。