もうごめん、なんて言わないで

 顔をあげると、男性がうーんと唸りながらなぜか私の顔を凝視している。

 派手な顔立ちで、首元には金の細いネックレスが光っている。危険なにおいがした。

 慌てて立ち去ろうとしたが、ぐっと目の前に体を入れてきた彼が不敵な笑みを浮かべてくる。


「なんで帰っちゃうの?」

 わけも分からずエレベーターに乗せられた。

 何度足を止めようとしても「いいからいいから」と強引な彼の力には逆らえず、あっという間に部屋の前まで引っ張られてしまった。


「あの私、小さな子供がいて。家で私の帰りを待っていると言いますか、そういうのは」

 襲われる。

 そう思い、部屋の前で挙動不審になっていると、ふっと笑う声がした。


「なんか勘違いしてる?」
「え?」

 固まっていると、私の腕を離し持っていた鍵で扉を開け始める。そのまま振り返って、改まったように立った彼がにんまりと笑った。


西條千早(さいじょうちはや)、これでも一応パイロットやってます」

「パイロットって……」
「俊介に会いにきたんじゃないの?」

 突然出てきた名前にどきりとする。

 つんつんと彼が指さす先には【二〇〇一】と部屋番号が刻まれていた。

 連れてこられたのは俊介の部屋だった。


< 79 / 85 >

この作品をシェア

pagetop